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沖縄人ダイビング 『エアーステーション・ゲタ』 へようこそ
沖縄の青い空に海でのシュノーケルや体験ダイビング、青の洞窟ダイビングにジンベイザメ、ジンベエザメツアーにダイビングスクールの海遊びは沖縄人ダイビングに、お任せ
沖縄のダイビングショップの大半が沖縄県外の方がオーナーですが、沖縄人ダイビング・ゲタのオーナーは、那覇市出身。
1985年設立、ゲタがニックネームでローマ字でGETAを店名にしました。
『海は逃げないよ、のんびりマイペース』がモットーです。
沖縄県人ですので説明の時に沖縄方言が出たり、沖縄のお菓子や沖縄そば店や珍味料理にお土産などに隠れ観光地などを教えるます。
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資格・免許・認定書
(普)自動車運転・中型自動二輪・1級船舶・潜水士(昭和61年取得)・2級ガソリン/ディーゼル整備士・自動車科整備士職業指導員・高圧ガス製造保安責任者・乙種4類危険物・車両建設機器運転手
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【ID】・【NAUI】・【IAHD】 インストラクター
【ID】は、コースデレクターも取得してますので、インストラクターコースもあります。
番外:ハンググライダー中級
高3年の夏休みにバイトをし、夏休みが終わる直前にヒッチハイクと野宿で、7日間の九州一週の旅。5日間学校を休んだ。
短大の時もバイト賃が入ると連休や土日はザック1つを担ぎ旅に。
誕生日が夏で中学から計画していた、20才の誕生日に合わせてザック1ッ背負い野宿とヒッチハイクで50日間の日本一週の旅へ。
旅の途中で、よく山登りの方を列車で見かけるので山に興味を持ち、東京で就職し時は、単独で秩父や奥多摩に丹沢にと山を登って遊んでたが、会社の先輩にロッククライミングを誘われ岩登りに夢中。
山岳部へ入会する動機は、会社の先輩に誘われ先発隊として八ヶ岳での正月合宿へ参加。
12月26日から入り、新年を迎え2日目に、先輩(男)が大晦日に飲食店の仕事を終え夜行列車に乗り正月の昼から入山し夜に幕場に到着。
風邪気味での参加で無理が祟り、その晩に高熱を出しダウン。
その日の夜半から吹雪になり、皆でテントが潰れないように俺を入れ9人全員(女性4人)で1時間おきにテントの雪落とし。
それと、雪落としの合間に男女関係無しで下着姿で高熱の人の寝袋に入り、暖めいる姿に驚き感動しました。(俺は会社の先輩とクライミングで同伴した3人以外は初対面で、さすがに出来ず傍観者)
吹雪は2昼夜続き皆ダウン状態での中、会社の先輩から、「お前は、雪落しのみだったから体力が残っているはず、俺とY氏がラッセルするのでお前は、ダウンしているKさんを背負って山小屋まで行くから準備してくれ」と言われ、先輩を背負い休憩しながら4時間(夏場だと約1時間との事)かけ山小屋に到着。
 2階建ての山小屋は、雪に埋まり屋上のTVアンテナが見えるだけで、アンテナの下を堀り屋根伝からさらに下を掘り2階の窓板を怖し山小屋内へ。
山小屋の中ではストーブにマキを入れ火を点け、雪を溶かしスープなどの暖かい飲み物を飲みながら、山の話に寝袋に男女関係なしで入る仲間意識の姿を見て、その場で山岳部に入部。
それから山の虜になり、合宿や部活以外で単独登山やクライミングの練習などで、年間90〜120日間は山の中。
ダイビングを始めたのは、外国での山の事故で、軽い左半身麻痺になり、リハビリがプールでの水泳で泳ぐだけでは面白くなく、ダイビングショップの門を叩き、この業界へ入る切欠です。
余談ですが大使館から死亡通知が届き、母親に山道具の全てを捨てられました。
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