| 疎 開 |

●「かぎうら丸」は沖縄から宮崎に向けて出発しました。翌日、その船は魚雷による攻撃を受けて沈没しました。私の乗っていた船は丸5日間かかって、進路を変更しながら長崎に到着しました。 伊江村 知念 サト (当時30歳)
●学童825人、一般疎開者836人を乗せた疎開船対馬丸は撃沈された。生存者は177人。 高良 光男
| 10.10空襲 |

● 1944年(昭和19年)10月10日の空襲による出来事です。那覇と島尻を結ぶ明治橋が爆破されました。遠くの方では、日本軍の船であろうか、炎上し沈まんとしている。空襲を受けた後の海はたくさんの死体が漂っていました。 中城村 富名腰 宏 (当時30歳) (左)
● 那覇市が灰塵に帰した10.10空襲。5万余の市民が焼き出された。
照屋 ツル (右)
| 離 島 |

● 伊江島で機銃掃射にあう13歳の私と10歳の妹。 伊礼 ハル (52歳) (左)
● 暗闇の安全地帯に移動中照明弾の明かりで見つかり、艦砲射撃を受け負傷する伊江島住民。 匿名 (右)
| スパイ |

● 昭和20年6月24日、沖縄南部でスパイと決めつけられた沖縄住民。このあと、スパイ容疑で皆殺しにされた。 那覇市 玉城 カヨ子 (当時26歳) (左)
● 米軍の捕虜収容所から逃げてきた4名が煙草や洗面用具を持っていたために、スパイ容疑をかけられました。弁明する機会も与えられず、2名の男性が処刑され首をはねられました。敵は米軍だけでなく、住民を守るべき友軍の方がむしろ恐ろしかった。 国頭村 山田 春 (当時34歳) (右)