「筑紫哲也の多事争論」再び

2003年1月7日(火)
 昨日は早朝から夕方まで衆議院議員の下地幹郎さんの取材。それが終わると、夜7時から那覇市内のとある店で来沖中の東松照明さんを囲んで、「沖縄タイムス・『筑紫哲也の多事争論』、関係者が語る噂の真相」を激白(?)大会。
 東松さんは30年前の私の写真学校時代の先生で、「日本写真界の巨匠、第一人者」とか言われている人でもうすぐ73歳の誕生日を迎える。だが現役バリバリで、時々沖縄に来ては何日間か滞在して写真を毎日撮っている。私が尊敬する写真家の一人だ。
 昨年夏に沖縄県浦添市で開かれた「東松照明写真展記念シンポジウム」で、私と比嘉豊光さんの発言をめぐって、筑紫哲也さんが沖縄タイムスの多事争論で、「沖縄の写真家批判」を2度にわたって書いた。それに対し私達が反論したい、と申し込み与えられた紙面は一度だけ。
 その時の私の怒り、悔しさの爆発ドッカーン・トークは、この「まおの勝手にオシャベリ」の昨年12月5日、「筑紫さんに物申す」に詳しく載っている。
 さて、約25名の観客を前に、その論争の当事者である東松さんと比嘉さんと私を呼んで、「あれはいったい何だったのか」のお互いの「真相」を語り合い、激論した、というわけ。
 結論を言えば、筑紫哲也さんはシンポジウムの現場にいもしないで、伝聞だけで書いた、パネリストを批判した、というのはジャーナリストとしてあるまじき行為。しかもそんな文章を載せた沖縄タイムスのマスコミとしての責任が問われる。
 2回目の筑紫さんの「多事総論」は悪質で、沖縄の写真をろくに見ずに批判しているし、始めの論点からはずれている。
 要するに、みんなの結論は「筑紫さんはジャーナリストとしてあるまじき行為をした、おかしいということが沖縄の人間に分かってしまった」。「結局は写真家は写真を見せ付けて反論するしかないよ」
 この話し合いに参加すること自体、私は「いまさら」という感じで気が乗らなかった。私の中ではもう決着が着いている問題だ。7月に東京で開く予定の韓国の写真家との合同展に筑紫さんを招待して、「これでも沖縄の写真家をバカにするのか!」と、言ってやろうと決めているから。
 今回の席は先輩カメラマン達が、せっかく東松さんも沖縄に来ていることだし、当事者を呼んで「噂の真相」をやろう、と仕掛けたこと。まあ、東松さんにも会えたし、それなりに楽しかったけど、もういいわよ、筑紫さんの話は。




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