寝言
ムジップ怒涛の独り言。

流木達
浜辺に打ち上げられた個性豊かな流木達、森で育ち海に流され、長い 漂流生活を経てきた彼等には、深みのある独特の雰囲気がある。僕は彼等に話しかける、嬉しい事や悲しい事、最近気にかかっている事や、自分自身のコンプレックスについて。流木達は僕の話に黙って耳を傾けてくれる。何度も何度も深くうずいてくれる。そして僕の話が一通り済むと、おもむろに今迄の僕の話とはまるで別の話を語り始める。
森で幸せに暮らしていた頃の恋の話、辛い別れや苛酷な漂流生活、勇ましい冒険談や世にも不思議な物語、etc,etc
(俺の話、聞いてなかったなコノヤロウ!)
そう思いながらも、さらに加速してゆく彼等の魅力的な話についつい引き込まれてゆく。そして後に残るのは、あの何ともいえない疲労感と満足感。流木達の満ち足りた表情が頭の中をグルグル回る。しばらくの間、放心状態の日々が続く。その時僕に会った人はひどく無愛想な男を見る事になる。そんな夢見心地な日々もようやく落ち着き、普段の真っ当な生活に戻った頃。ふとした拍子に、流木達の語ったあの取り留めのない物語が、実は僕の話に対する彼等なりの解答だったのだと気付く。例えば?って聞かれても具体的に話すのは、すごく照れくさいのであえて此処では書かないけれども、そうした体験が僕の生活をとても豊かにしてくれている。流木達は僕にとっての良きカウンセラーだと思う。感謝 感謝。
トイレの話
あれはまだ僕が放浪生活をしていた頃、ふいにトイレに行きたくなり、とある公園のトイレに駆け込んだ。ところが早朝だというのにどれも満室。お尻を押さえつつジタバタしていたが我慢が出来ず、隣にあった身障者の方の為のトイレに入った。カギが無いのでそばにあった角材でツッカエ棒をしてあわやのトコロで無事に勝利の呻きをあげた。ホッとしたのも束の間、無い!無い!水を流すレバーが無い!キョロキョロとあたりを見回すと、あったあった、なんだボタン式だったんだ。ニッコリとボタンを押すと、突然、トイレの上に設置されている緊急用のサイレンがけたたましく回り始めた。ビックリした僕は、ウ◯コも流さず慌ててその場から逃げてしまった。あの時の公園の管理人さんごめんなさい。あのウ◯コは僕のです。

おつり
いつも原付バイクで、さっそうとスタンドにやって来て、いなせに満タン給油を決めてゆくジーチャンがいる。そして最後の決め台詞。「つりは要らないよ!!」 渋いねジーチャン、いい感じ!そう心の中でつぶやきながら、おつりの12円をレジの横に置き、ありがとうございましたと言って他の車の給油を終えて帰ってくると、ジーチャンはまだそこにいて、手を差し出して「12円は?」と言う。「まだ12円貰ってないんだけど」とさも不可解そうに言う。おつりは要らないって言ってたじゃないか〜〜〜!!とこれまた心の中で叫びつつニッコリ笑って12円をわたす。こうゆう事を何度か繰り返すウチに、僕の考えている「おつり」とジーチャンの言う「おつり」は別物なのだという事に気付く。と言っても、ジーチャンの言う「おつり」が何なのかは未だに謎のまんまである。あばいてはいけない謎の様な気がする。世界にはそういう謎がけっこう存在するのだ。僕は、このジーチャンが給油しにくる度に、ささやかな不思議感覚におそわれる。そして、ほんのちょっぴり幸せな気持ちになる。

喧嘩?
ガソリンスタンドの斜め向いに立っている電信柱とほとんど毎日のように大声で話し込んでいたオジイチャンが、ここんところ現れない。電信柱と喧嘩でもしたのだろうか・・・。心配である。

阪神大震災
阪神大震災から5年。テレビの特別番組の映像であらためてその被害の大きさに驚いている。悲劇の爪痕の深さと極限状態の中での人間の強さと優しさに胸が熱くなった。被害に会われた方々の御冥福をお祈りいたします。

修羅場
AM4:16。スタンド。ゴミ箱のあたりで、ガサゴソと音がするので、ネコがゴミでもあさっているのかと思い、走っていってコラーと叫んだ。するとそこには、凄い形相のルンペンさんがいて、残り物の弁等を食べていた。ただならぬ殺気。殺される!というより食われる!!と思った。深夜のスタンドで起きた、僕のなにげない修羅場。恐かった。

ルンペンさん、たまにウチのスタンドに来て灰皿をあさり、シケモクを集めてポケットに入れて帰ってゆく。一瞬の出来事なのであっけにとられているウチにいなくなっている。ところがある日彼は何を思ったか、ドッカと椅子に腰をおろし、身ぶり手ぶりと怪し気な言葉で何かと交信を始めた。電波だ、電波を受信しているんだ!!ボーゼンとしている僕をしりめに、彼はまた何事も無かったかの様に、無表情で出ていった。シックスセンス。サイキック・ルンペンさん。カッコイイ!

おひげ
ウチの彼女の三才になる甥っ子は、僕の事を「おひげ」と呼ぶ。この呼ばれ方は結構気にいってるんだけど、どうも彼は僕の事をヤギだと思っているふしがある。


僕は鬚をはやしていて人相が悪いのでホントの年齢より老けてみられる。先日30代後半の酔っぱらったオッチャンがスタンドにやって来て、職場での恨みつらみを語り始めた(どうやら建築業の現場監督らしい)。ひととおり話すと満足したのか、酔っぱらい特有の満面の笑みを浮かべて、一言。「オレ等位の歳になると、何かと大変だよな。にーさん。」?????????何を〜〜!!

言い訳
ここん所、注文に追われて忙しいやら、風邪をひいてダウンするやらで、ホームページの更新が思うようにいかない。とりあえず、言い訳。言い訳。というわけで、御陰様で、カウントも1000を越えさせて頂いたにもかかわらず、予定していた1000ヒット記念のプレゼント用イラストの製作すらおぼつかない状態の今日この頃、皆さん如何お過ごしでしょうか?つきましては、記念すべき1000ヒットを踏まれた方、御連絡くだされば、近日中にお送りいたしますです。ハイ。動揺のため、日本語がおかしくなっております事をお許しくらさりまし候。

タマゴ酒
風邪をひいても休む暇もなく意識朦朧としている僕を見て、母がタマゴ酒を作ってくれた。「これ飲んで一眠りすれば、風邪なんかすぐに直る。」と言うので、有り難くちょうだいした。のはいいが、アルコール度数何度だこれ?ほぼストレート。あまりの美味しさに二杯めをいただき、その後なんだか嬉しくなってしまって、「やっぱり風邪にはタマゴ酒だよなー」などと言いまくり、結局気持ちがハイになったまま一睡も出来ず、深夜勤の仕事に突入。タマゴ酒、オススメです。

お湯
どんなに殺虫剤をかけても死ななかったゴキブリがお湯をかけたらアッサリ死んだ。結論、お湯は猛毒。

父と子
子供の頃、親戚の家でヤギを飼っていて、そのヤギの子供があまりに可愛かったものだから僕は近くで沢山の草をとってきて餌をやっていた。すると僕の後ろからヒョッコリと顔をだした父が一言「うまそうなヤギだな。」と言った。そこで父と子の大論争が勃発した。ヤギはヤギで自分の人生を楽しむために生きてるんだ。とクソナマイキな事を言う僕と、ヤギは、人間に食べられるために生きてるんだ。とムキになって大人気ない事を言う父。子供心にもこんな大人にだけはなるまいと固く決心したのを憶えている。しかし、大きくなってみると、何の事はない。僕は父にそっくりな大人になっていた。ただ違う所と言えば、母のアハハな性格と、父と母のどちらにも無い、グータラな所を、オリジナルで成長させたぐらいである。血のつながりって侮れないと思う今日このごろ

方向音痴
自慢じゃないが、僕は極度の方向音痴だ。10年以上住んでいる家の近くで迷ったりする。だから僕が、ちょっと日本中を放浪の旅にでてくると言ったときの周りの反応は尋常じゃなかった。のたれ死にたいのかと、みんな口をそろえて言った。しかし、僕には確信があった。勝手気ままな放浪の旅に方向感覚は必要無い!!。かくして僕は、1年程かけて、日本各地で迷子になった。勿論たどり着けなかった所もマダマダ沢山あるので、また旅(迷子?)にでたいと思っている。皆さんその時はよろしくお願いします。

ガソリンスタンド
僕は、絵を描いたり、物作りをしたりする仕事をしている。でも、それだけじゃ心もとないので、知り合いの経営するガソリンスタンドで、深夜勤の仕事をさせてもらっている。PM11:00〜AM7:00まで。お客さんのほとんどは、暴走族とヤクザと飲み屋のオネーサマ方とその他奇人変人さん達、それと酔っぱらい。スゴイです。おもしろすぎです。ほとんど人間博物館状態です。深夜の住人達は文字どうりディープです。今回はそこでの幾つかのエピソード。エピソード。

B.H。ハーフ。僕より一つ上で、見た目は、V.ギャロに似ていてカッコイイんだけれど、言動がヤクザっぽくて荒いので、怖がって誰も近寄らない。でも実は照れ屋ないいヤツで、三線(三味線)と琉球語を自在にあやつるナイスガイだ。ほとんど1日置きぐらいにやって来て、愛と平和とアートについて明け方まで語り明かして帰ってゆく。熱いヤツです。『アミ小さな宇宙人』という童話が大好きで、それについて熱く語り合ってくれる人を募集している。誰かいない?

Sさん。元某暴力団組長のボディーガード。任侠映画に出てくる義理人情に熱い昔ながらのヤクザといった感じの人。僕に、裏の話やそこでの身の守り方をレクチャーしてくれる。ある日Sさんが、いつものようにやって来て、ちょっと人と待ち合わせをしているんだけど、ここで話をしていっていいか?と訪ねるので、僕がOKすると、しばらくしてやって来た人達との間で、凄まじい借金の取り立てがはじまってしまった・・・。そして帰り際に、世の中なにかと物騒なヤツが多いからなと言って木刀をくれた。でもこの時より物騒な出来事はまだない。

ある日、ほっぺたをピンク色に化粧したおばーちゃんがやって来て、買い物袋を僕に差し出した。中には、ちょっと臭う古着が一着入っていて、それでタバコを売ってほしいと言う。僕が断わると、チッ!と舌打ちして帰っていった。しかし暫くしてまた戻ってくると、今度は200円をさしだし、これで売ってくれと言う。しかたがないので足りない分は、僕の財布からだしてタバコを売った。すると、御礼に、ウヒ!とかエヘ!!とか笑い声を織りまぜながら、2時間ほど新聞を朗読してくれた。おかげで社会情勢にとても詳しくなった。ばあちゃんサンキュウ!!

薬の副作用で太ってしまった様な感じの40台のおじさん。突然やって来て、ここで雇ってくれと言う。事情を訪ねると、これまでズット家業の霊媒の仕事を手伝っていたんだけれど、ヘンな霊にとりつかれて半身不随になったり、口がきけなくなったり目が見えなくなったりで、ほとほと嫌気がさした。新しい生活を始めたいから、ぜひともここで働きたいと言う。ウ〜ンウ〜ンウ〜ン・・・・

その他諸々イロイロあるけど、今回はここまで。でもホント、生きてゆくって面白い。感謝感謝!


絵を描く事、ものを作る事
小さい頃から、人とのコミュニケーションに違和感を感じていた。言葉を話す事にコンプレックスを感じていた。人と話せないというワケではない、比較的よく喋る方だと思う。友だちも多い方だと思う。でも、自分の気持ちを表現するのは凄く下手な人間だとも思う。だから僕は、絵を描く。ものを作る。少しでも多く自分自身を知りたい。もっと素直な気持ちで人とつき合っていきたい。いつも、そんな事を考えながら絵を描いている。絵がうまくなりたいとはあまり思わない。ただ、もっともっと自分を掘り起こして表現する事が出来る力を持てたら、どんなにすばらしいだろうと思う。思う事ばかりで、今はまだ何の力もないけれど、少しでも理想に近づけるようにがんばっていきたい。

Uさん
昨日、友人のUさんとTさんの結婚披露宴ピアノライブに行った。その場の雰囲気を敏感に感じとって即興演奏をなさる新郎のUさんとそれを幸せそうに見つめる新婦のTさん。言葉ではうまく表せないけど、何だかスゴク感動した。新郎のUさんとは、ちょうど去年の今頃、出会った。歳は10才以上はなれているのだけれど、スゴク感覚が似ていて、Uさんの音楽に対して僕が絵を描いたり流木の人形を作ったり。僕の作品に対してUさんが即興で曲をつけたり、そして、それらを発表したりと、この1年とても内容のある時間をすごさせて頂いた。Uさん、Tさん末永くお幸せに。これからもよろしくお願いします。

アルテ
お気に入りの場所。今回はとある喫茶店のお話。そこは、僕を含めて欠陥だらけの人たちが何故か不思議と集まってしまう場所。他の店を出入り禁止になってしまった人たちでさえスンナリと馴染んでしまう不思議な空間である。あろう事か、そのお店の人たちも変わっていて、気が向かない時には、水もメニューも出してくれない。明るく挨拶をしてもなにげに無視されてしまう事もある。それでもその場所に人が集まってしまうのは何故なんだろう。
昨日そこの店長のSさんと話をした。僕が『こんなに変な人ばかりに囲まれてて嫌になる事ないか』と聞くと、『それがその人のキャラクターなんだからしょうがないよね。』とひとこと。
ウ〜ン。そうかキャラクターか。僕が今まで自分の欠点だ、欠陥だと思っていたものは、たんにキャラクターの違いだったのか。納得納得。ウンウンウン。
雑草と言う名前の植物は無いんだとよく言うけど、人の性格の特質の中にも欠点や弱点、短所という名前のものは一つも無いのだ。自分が欠点だ、弱点だと思っていた特質も、ちょっと見方を変えてやって、それが、いかんなく実力を発揮できる様な環境を整えてやると、スゴクあっさりと長所に変わってしまうものなのだ。ウ〜ン深い。
Sさん、Kさん、Tさん、いつもありがとう。またお店に行くからね。

笑いの代償について
皆様、いつもいつも私の脈絡のない独り言に耳を傾けてくれて本当にありがとうございます。最近は、自分の貧弱なメッキが少しずつはがれてゆく恐怖感にもなれ、それどころか、次第に快感すら覚え初めている始末。この先どうなってゆく事やら・・・・・。
というわけで今回は、ワリと反響のあった「笑いの代償」について少し書きます。
僕はわりとノウテンキな性格で、いつもヘラヘラしてるんだけど、それでもやっぱり悲しい事とか辛い事があったりすると、おもいきりふさぎ込んでしまったりします。ある程度までは、気持ちの整理がつくまで感情に身を任せたりするのですが、これ以上はヤバい、これ以上はマズイと思った時は、とにかく無理をしてでも大声で笑うようにしています。そうすると不思議なもので、凹んでいた自分がバカバカしく思えてきて、気持ちがフッと軽くなったりします。まるで「笑う軍隊」が反乱者達を鎮圧してゆく様にです。それは僕にとって、しかたのない選択ではあったのですが、ただ、そうやって強引に笑い飛ばされてしまった感情達は、いったいどうなってしまうんだろうと。
暗い牢屋の中で何を思いどんな気持ちですごしているんだろうと思って書いたのが、あの話です。
勿論、話にはつづきがあります。まだ上手くまとまらなくて詳しくは話せないのですが、おおまかに言うと、そのあと王は、手痛い敗北を経験します。笑いや勢いだけでやってゆくには限界があるからです。そして、ふさぎ込んでしまった王は笑う軍隊に捕らえられ、皮肉にもあの暗い地下牢に入れられてしまいます。そこで始めて王は自分が抑圧してきた人々、あるいは負の感情と対峙する事になります。王の葛藤と笑う軍隊の正体と秘密。上手くまとまればなと願っています。

T2
台風の直前、風がしだいに強くなり始めた頃。Tさんが椅子を抱えたまま物凄い勢いで転がってきた
「あ〜ぶない危ない、突風が吹いちゃってさ〜。」Tさんはひとこと言うと、顔色も変えずにスタスタと帰っていった。・・負けた・・・・・。

インド人おそるべし
ボクの住む沖縄には、インドの人達がたくさんいる。今回はインドの友人Rさんとの会話。Rさんはバスを改造してパーラー形式のインドカリーの店をやっていた。ある日僕らが、いつものようにRさんの店でチキンカリーを注文しようとすると、Rさんがニコニコと近付いてきて「今日は特別、ビーフカリーがあるよ。」と言う。僕達はびっくりした。「え?!牛は神聖な動物だからって、インド人は牛の肉を食べないって言ってなかったっヶ?」するとRさんは、ニヤリと笑って「インドの牛は神様だけど日本の牛は神様じゃないよ。イヒヒヒヒヒヒ・・・。」インド人おそるべし
「でも他のインド人には言わないでね。うるさいから」しっかり口止めするRさんだった。

笑いの代償
ある所にとても行動力のある王様がいました。彼の指揮のもと国は戦争をくり返し領土を拡大しつづけました。勿論それに反対する人たちもたくさんいました。彼等は怒りの暴動を起こし、悲しみの集会を開いて抵抗しましたが、その度に王様直属の「笑う軍隊」が出動してそれを鎮圧しました。そしてある者は殺され、ある者は捕らえられてひどい屈辱を受け、城の奥深くにある牢屋に入れられました。しだいに国は、王様と同じように笑う人々であふれました。人々は幸せそうに馬鹿騒ぎをくり返し、さらに多くの領土を求めて戦いました。アハハハハハハ・・・・・・

T 
僕はちょっと前まで手作り雑貨の店をやっていた(現在はいくつかの店に商品を依託でおいてもらっている)。店といってもコンテナを利用した、ごく小さなもので、店と呼べるかどうかも怪しい代物だったのだけれども、ともかくその店の近くに中古CD屋さんがあって、そこの店長のTさんとすごく仲が良かった。よく二人で、しょうも無い事をやっては、バカ笑いをしていた。
その日も僕は、物作りをしながら店の番をしていた。店のお客さんのほとんどは女性で、まず入口から入ってきて、僕の方を見てニコリと笑う。そして目をキラキラさせながら店中を見て回る。普段ならそこで欲しいものがあれば、買ってくれるし、特に無ければそのままサヨナラと行ってしまう。ところがその日に限って、ある一定の所までくると急に顔がこわばり、目が泳ぎだし、帰りまぎわに僕の顔を冷ややかに見てゆく。最初の内はそんなに気にもとめなかったのだけれど、同じ事が何度もくり返すので、流石に気になって問題のその場所にいってみた。するとナントそこにはガバっと大きく脚をひろげた女の人のヌード写真が!!。笑った笑った大笑いだった。しかもその隣にあるのが、ひょうきんな顔をした流木の人形達だったものだから、よけいにそのギャップがおかしかった。おのれTの野郎ってんで、きっちり仕返し。僕は髪と服をクシャクシャにすると、口を半開きにして、うつろな表情をつくり、手には本物そっくりな赤ちゃんの人形(あまりに本物そっくりなので、イタズラ用にフリマで買った)をわしづかみにして、Tの店に乱入。目があった人に赤ちゃんの人形を放り投げたりで、店の中は大パニック。で、みんなで大笑い。楽しかったな〜。

歳をとる事について

早いもので、ムジップも20代の後半になってしまった。こんなろくでも無い人間でも、このさき歳を重ねていけば、少しはマトモになるのだろうかと思う事がある先日、ある年輩の方と話していてふと、歳をとるって何だろうと思った。僕はこれまで、歳をとるというのは日々の生活の中ですこしづつ新しい何かを積み上げていくものだと漠然と考えていた。でもその時なぜか(本当になぜか)実はその逆に自分の中にある何かを掘り起こしてゆく作業なんじゃないかという感じがした。こんな事を書くとなんだか運命論者みたいだけど、そういうんじゃなくて、自分の中にあるたくさんの選択肢の中から、何をどう掘り起こしゆくかでその人の生き方が形作られてゆくのかなと(まだやっぱり漠然としているのだけれど)そう思った。先の事を考えると何かと不安になる事もたくさんあるけど、焦らずに自分なりの人生を掘りすすめていけたらなと、なまいきにも考えている。                                      
          

血液型

僕は、血液型による性格判別法の信憑性を信じていない。だけど、その考え方があまりにも広く日本の社会に浸透しているので、自分の血液型が意味する性格にそって育ってゆく事はあるんじゃないかと思う。(ピグマリオン効果ってやつ?)例えば僕の場合、小さい頃から何をやっても、あんたはB型だから陽気だねとか、ヘラヘラしてんのねとか言われつづけて、自分でも知らず知らずのウチにヘラヘラと陽気な部分を成長させ、しまいにはヘラヘラと陽気な鬱人間に育ってた・・・・・。          

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