どぅちゅいむにー


ボクがクラカンを始めた理由(ワケ)


正確にはクラカンを続けてきたキッカケであるが、結成当時の昭和63年に発売された「バンド××ーナル」10月号に「アンサンブルはステキな仲間づくり」という特集があった。そこに載っていたファゴット奏者の大滝雄久氏の記事がとても印象に残っていて、それが今でもアンサンブル活動を続けていく中でボクの教えとなっている。以下にその内容を紹介します。結構長いけど時間のある人は付き合ってください。



アンサンブルを成功させる秘訣・・・長続きする人間関係をつくる。そしてその目安は、グループでいちばん若い人の目が輝いていられるムードを持続していること。
(中略)
長続きする人間関係をつくることがなぜアンサンブルにとっていいのかを逆説的にいってみると、あらゆる要素をひっくるめて人間というものは、素晴らしいものがあるところに集まり、そこにずっと居たくなるからなのだ。そしてそんな中に、何ともいえない人生の、人間同士の味が出てくる。
(中略)
そのためにはどうしたらいいのか?ぼくにはどうしても知識より知恵の方が大切に思えて仕方がない。むしろ知識がジャマすることさえあるのだ。ここでいう知識とは、音楽学校で教わることができて、頭で考えられるようなことを指し、知恵とは、人間対人間の中で考え、体で覚えていく生活術のようなものと思ってほしい。テクニック、音色、学識、楽識が豊かな人が必ずしもアンサンブルで成功しているとは限らないのが現実である。
(中略)
・・あのころ音楽大学を出たばかりのプレイヤーがグループを組んで学校をまわってコンサートを開いていた。「音楽教室」というやつだ。・・・そして、メンバーが一人、たった一人替わるだけで演奏がガラリと変わってしまうことをこのとき発見したのだ。もっとハッキリ言うと、一日、二日、三日、四日と続けていくうちに、明らかに楽しく演奏集中ができて日ごとによくなっていくグループと、苦痛でだんだんつまらない演奏になっていくグループの二通りの結果が生まれてしまうのだ。メンバーはすべて音楽大学出たて、ヤル気満々の連中が集まっているのに、こういう結果が出てしまう。どうしてなんだろう?考えた末、理由らしきものが何となく分かってきた。

回数を重ねるごとに悪くなるケースを一言でいうと、反省会を必要以上にしてしまうときなのだ。つまり演奏しているとき以外に交わす言葉がどう考えても原因となっているらしいのだ。

「よおっオーボエ君、チューニングのときのAと曲の最中のAのピッチがぜんぜん違うんだけど、どっちが本当なんだい?そんなんじゃチューニングする意味がないじゃないか、まったく」・・・どうなるか分かっているのなら、そのように合わせてあげればいい。
「クラリネットさん、今時間ある?そう、あるんだったらシューベルトの楽譜と楽器を持ってぼくの部屋に来てくれる?どうも、さっきのフレーズ気になるんだ。シューベルトっていうのはね、あんなふうに吹くものではないし、それに・・ぶつぶつ・・」・・・妙に使命感を持ちボスになった気のやつがあらわれ、コンサートが終わるごとに、若いメンバーをつかまえてレッスンしてまわる。け。
「どうしたの、どおうしたの今日の演奏?調子悪いの?リード悪いの?元気ないじゃない?」・・・気分よく吹いたつもりで「さぁ、ビールでも飲もう!!」というとき、ネチネチ暗いムードにされてしまう。何もいえなくなるよなあ。けけ。
こんなことを言い合っていると、次からの本番が恐くなってくるのだ。
ピッチに自信がなくなったり、フレーズ表情に勢いがなくなり、ボスの顔色をうかがう演奏になり、シラけたムードになり、終わっても話なんかしたくない気分になり、なにいってるんだい、自分だってヒドイことしているのにっていいたいのをガマンしたりするけど、それは体に悪いなって悩むとますますアンサンブルが・・・いけない、もうやめよう。

では、いよいよお待ちかねの明るい話題楽しく演奏集中ができて、日ごとによくなっていくケースを紹介しよう。それにはコンサートが終わったら、すべてを忘れる。ただしよかったところは、そのことをそのメンバーに話そうという習慣が必要なのだ。
「オーボエ君、今日の二回目のステージのあのソロおもしろかったよう。あれいつもよりテンポ速めに吹いたでしょう。一瞬どうなるかと思ったけど、すぐホルンがくっついていってクラリネットも負けるものかとばかり合わせたでしょう、ああいうのって本当におもしろい。音楽が生きているって感じがしてワクワクしちゃうわ。それに終わったあとの拍手が今まで最高だったでしょう。明日はどんなテンポでやるか楽しみだわ」
「ありがとうフルートさん。ぼくも本気でエキサイトしたけど、あの後のファゴット君のソロ憶えてる?彼ぼくに逆らってわざと遅く吹いたでしょ、笑いをこらえるのに必死だったよ。でもさ、お客さんって、たとえ子供とはいえ、こちらのハプニングがぜーんぶ伝わるんだよな。本当に喜んでいたもの。それにしてもこのビールうまいね。ウグウグ。フルートさん今日は美人だよ。ウググ」
「やだあ。ウグ」
「はははは、はは、ウググ、はははは」
「うふふふ、ふふふ」
・・・こういった会話のあとは気分よく、ぐっすりと眠れる。翌日からのコンサートもさらにフレッシュ気分。自分たちの演奏にますます期待感が高まり、ノリにノリまくるというわけだ。

さて、みなさん、みなさんには心がまえとして、言葉で音楽をつくるのではなく、音の表情で会話していくうちに音楽ドラマが自然とできてくることを信じるふうにやってほしい。言葉は多ければ多いほど、演奏そのものを金しばりにしてしまうし、約束ごとが多すぎると、演奏中に遊びが出来なくなる。もちろん最低限に必要な言葉は交わすのだけど、親切のつもりでもいっちゃったらかえって悪くなる言葉って、やっぱりあるんだよな。そして言葉が少ないときの演奏って自由だから、いつもと違う何かが起こるかもしれない。結果として非常によく他人の音をきいていることにもなるんだ。緊張感からではなく、楽しみとしてね。
以上、ずっと書いてきたのは結局人間同士のアンサンブルは音楽のアンサンブルに絶対必要なんだということ。だが、一人ひとりはやはりうまくなる努力はしてほしい。今の段階、今の技術でもっての遊びの奨励が今回のテーマであったが、これは泳げなくても海で遊ぶ自由は誰にでもあることに似ている。長つづきする友人をたくさんつくってください。

ご静読ありがとうございました。m(_ _)m



  


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