第18回 『歩行障害を起こす病気』
平成28年7月23日
今回のテーマは歩行障害です。
◆歩行障害を起こす病気
◆脳出血・脳梗塞・慢性硬膜下血腫・パーキンソン病
◆腰椎疾患・高齢による歩行障害・その他
◆歩行障害の治療・機能訓練・筋力訓練
1.歩行障害を起こす病気
歩行障害は、
●片側あるいは両側下肢の運動麻痺
または感覚障害
●腰痛
●下肢痛
●平衡機能障害
などが原因で生じてきます。
外傷を除いても多くの疾患が原因となりますが、
今回は、脳疾患・腰椎疾患を取り上げます。
解説
歩行は大切な身体機能のひとつです。その機能が低下すると日常生活は大きく制限を受けることになります。高齢による影響を除いても、歩行障害を生じる疾患は多数ありますが、その多くが脳および腰椎疾患です。
歩行障害が唯一の症状として出現してくることは稀で、腰椎疾患であるならば腰痛や下肢痛が、脳疾患であれば麻痺した下肢と同側の上肢の麻痺や言語障害などの症状を伴っていることが通常です。
しかし、加齢による影響や下肢の関節疾患が加わってくると、病状は複雑になり、診断・治療も難しくなってきます。今回のセミナーでは、代表的疾患の歩行障害に主眼をおいて概説するとともに、歩行障害自体に対する治療について紹介していきたいと思います。
2.脳出血
ほとんどは高血圧が原因で、1ミリにも満たない太さの血管が破れて出血を生じます。
大脳・脳幹・小脳などに出血を生じると、その部位・出血量にもよりますが、他の症状ともに歩行障害を生じてきます。
解説
脳出血では、手足を動かす働きのある神経路あるいはその近傍に出血することで下肢麻痺が生じ歩行障害が出現します。通常は、同側上肢の麻痺を伴っていますが、小脳出血では、はっきりとした麻痺がなくてもめまい感(平衡機能障害)とともに歩行障害を生じることが多いものです。出血の部位・出血量によって違いはありますが、出血自体が治癒しても、歩行障害が残存することがあり、根気よくリハビリを続ける必要があります。
3.脳梗塞
脳の血管が何らかの原因で閉塞し、梗塞を生じます。
脳出血と同様に梗塞を生じた部位によって違いはありますが、通常は麻痺した下肢と同側上肢の麻痺あるいはめまい感などの平衡機能障害を伴っています。
解説
脳梗塞は、比較的太い脳血管に血液の固まりが形成され梗塞を生じる脳血栓。心臓や頚部の血管でできた血液の固まりが血管壁から剥がれ、血流に乗って下流にある血管を閉塞してしまう脳塞栓。1ミリにも満たない細い血管が動脈硬化の影響で閉塞して1センチ程度の小さな脳梗塞が形成されるラクナ梗塞に大別されます。脳血栓や脳塞栓では、比較的広い範囲の脳が障害され、歩行障害に加えて片麻痺や言語障害を伴っていることが多いものですが、ラクナ梗塞では歩行障害やめまい感などの症状が単独で出現してくることがあります。
4.慢性硬膜下血腫
脳を包み込む硬膜と脳の間のスペース
(硬膜下腔)に慢性的に血液が貯留・増大してくる疾患で、血腫により脳が圧迫されてくると、歩行障害や片麻痺などの症状が出現してきます。
解説
柱に頭をぶつけるなど軽微な頭部への外傷が原因で硬膜下腔に少量の出血を生じ、それが徐々に拡大してくるのが、慢性硬膜下血腫です。
症状としては、軽度の頭痛や頭重感が主な症状ですが、血腫が大きくなって脳への圧迫が強くなってくると、めまい感や歩行障害さらには片麻痺などの症状が出現してきます。
慢性硬膜下血腫は、少量であれば、安静だけで血腫が消失してくれることもありますが、歩行障害や片麻痺などの症状がある場合は手術が必要になります。手術は比較的簡単な手技で90%以上が治癒しますが、反面、再発してしまう場合もあります。
5.パーキンソン病
脳内の神経伝達物質のひとつである
ドーパミンの不足により生じる病気で、
1)振戦(手足のふるえ)
2)運動緩慢・無動
3)筋固縮
4)姿勢反射障害
を4大症状とする病気です。
解説
歩きにくくなった、手足がふるえる、などの症状を訴えて、医療機関を受診する方が多いのも特徴です。
治療はドーパミンを補う内服薬を中心に行われ、ある程度の効果が認められます。
しかし、加齢により症状が徐々に進行することが多く、歩行障害に関しては、下肢筋力強化とともに歩行バランスの改善を図ることも大切です。
6.腰椎疾患
腰部脊椎管狭窄・腰椎椎間板ヘルニアなどが、代表的疾患です。
いずれも、歩行障害に加えて、
●腰痛
●下肢痛
●下肢しびれ感
を伴っていることが通常です。
解説
腰椎椎体骨間にあってクッションの役目を担っているのが椎間板で、これが変性して後方へ突出して神経を圧迫し、疼痛や下肢の症状(運動障害や感覚障害)が出現してくるのが椎間板ヘルニアです。
脊髄の通り道である脊椎管を形成する組織(骨・硬膜・靭帯など)の変性で、脊椎管そのものが狭窄し症状が出現してくるのが、腰部脊椎管狭窄症です。
両者とも手術的治療が行われなければ、症状が改善しない場合もありますが、多くは内服薬(鎮痛剤・筋弛緩剤など)あるいは神経ブロックなどの除痛治療と理学療法で症状は改善します。
7.高齢による歩行障害
主な要因として、
●加齢による骨・関節の変形
●関節可動域の低下
●筋力の低下
高齢者では若年者に比較して歩行機能 が低下してきます。
解説
脊椎骨は加齢による影響で骨粗鬆症を生じ、楔状に変形してくることが多々見られ、脊椎骨全体では前弯の状態に変形してきます。このため、身体の重心も、それまでの人生とは別のところに移動してきます。これだけでも体のバランスを崩しやすい状況になっていますが、これに下肢の関節可動域低下や筋力の低下、さらには視力や聴力の低下なども歩行機能の悪化に拍車をかけます。歩行機能の維持のため、根気良く下肢筋力やバランスの訓練をする必要があります。
8.その他
糖尿病・変形性膝関節症などでも、病状の進行に伴って、歩行障害を生じてくることがあります。
解説
糖尿病では、両下肢の感覚障害・筋力低下を主な要因として、歩行障害が生じてくることがあります。また、糖尿病では脳血管障害や腰椎疾患を合併することが多く、歩行障害の原因も複数の疾患が絡んでいることがあり、治療を難しくしています。
変形性膝関節症は中年以降の女性に多く見られ、変形が進むと、膝の痛みとともに歩行障害が生じてきます。極度に変形した場合は、手術的治療(人工関節置換手術)が必要になります。
9.歩行障害の治療
歩行障害の原因となった疾患の治療と同時に、歩行障害の回復を目指した機能訓練が必要になります。
解説
歩行障害の原因によっては、ある程度の障害が残存してしまう場合があります。自力での日常生活を維持するためには、根気良く、機能訓練を続ける必要があります。
歩行に必要な機能・能力
関節の動き
バランス
体のやわらかさ 手をふる
筋力
体を回す
股関節周りの筋力 重心を左右、前後に移動させる
膝を伸ばす筋力 倒れそうになった時に手や足が
つま先を持ち上げる筋力 出る反射運動
地面をける筋力
感覚
姿勢を保つ筋力 足の裏の感覚
筋肉の状態
体の傾きを感じる感覚
力を入れたり、抜いたりを 体重を感じる感覚
スムーズに行える状態
解説
歩行に必要な機能を把握しましょう。
様々な機能がうまく働いて私たちは安定した歩きを維持しています。
脳疾患後の機能訓練(バランス)
早期離床(座る訓練) 一人で座れるように練習
⇒
座位〜立ち上がり 一人で立ち上がれるように練習 リーチ訓練
⇒
解説
脳梗塞などの脳疾患時のリハビリテーションの流れです。
治療開始後すぐからリハビリが始まります。早め早めの離床が今まで持っていた体力、筋力(麻痺していない上下肢)を落とすことなく動けるようになるために大事であると言われています。
一人で立ち上がれるようになると、手を伸ばしても倒れないなどのバランスをとる練習を行います。
脳疾患後の機能訓練(歩行)
解説
立ち上がりが可能になってくると歩行訓練が始まります。
平行棒
⇒
4点杖
⇒
歩行器やT杖と筋力、バランス力の向上とともに、簡易な支持での自立歩行を目指します。
杖なしでの歩行が可能になることもありますが、杖をはずしていくのは慎重に行いましょう。万が一転倒し、骨折などをすると歩くのが難しくなります。
バランス歩行訓練
解説
より歩行バランスを向上するために難易度をあげて練習することもあります。
疾患によっては、通常の流れと異なる工夫した歩行練習が必要になることもあります。
パーキンソン病の症状がある方は、最初の1歩が出にくい、小刻み歩行になるなど運動のプログラムの問題が生じてきます。目印になるものがあると歩きやすくなることがあります。
筋力訓練1(スクワット)
解説
日頃からの運動習慣が、筋力や体力を向上させ脳疾患などの予後にも良い影響を与えます。
スクワット運動は体の中心となる体幹や太ももの筋肉をきたえ、歩行機能の重要な機能をバランスよく鍛えることができる運動です。大事なポイントをおさえて取り組んでいくことをお勧めします。
腰をさげて、上に戻る単純な動きですが、
大事なポイントは股関節をしっかり曲げること
です。
効果のない例としては、膝のみを曲げていることがあります。膝に負担をかけるので注意してください。
自分の筋力を知り、
自分に合った運動を行いましょう
片足で立ち上がれる 両足で立ち上がれる 手すりをつかまえて立ち上がれる
解説
立ち上がりで自分の筋力を知り、自分に合った方法でスクワットに挑戦しましょう。
★椅子から片足でも立ち上がりが可能
⇒
手を胸や頭などにおいてスクワットを行う。
★両足で立ち上がりが可能
⇒
手すりや安定した机などを軽く支えてスクワットを行う。
★支えがあれば立ち上がりが可能
⇒
手すりや安定した机などを支えにして椅子からの立ち上がり。
回数は10回を目安にきついと感じるまでおこないましょう。慣れてきたら回数を増やします。
毎日行っても良いですが、筋肉痛や関節の痛みがあるときは休んでください。
(付録資料)筋力訓練
解説
その他の下肢の筋力訓練の参考です。
手すりや安定した椅子や机などのそばで行いましょう。
同じ動きを10回1セットで慣れに従いセット数を増やして行いましょう。