チビチリガマ in 読谷

「 米軍上陸直後の1945年4月2日、読谷村波平のチビチリガマで住民83人が命を 絶った「集団死」から半世紀以上が過ぎたが、沖縄国際大学文学部の石原昌家教授がこの ほど、ハワイに在住するガマ」の生存者から貴重な体験談を聞き取ることに成功した。住 民が集団死まで追いつめられる様子を克明に記憶したその証言から、同教授は「投降を絶 対に許さない日本軍の存在と”鬼畜”といわれた米軍に挟まれ、絶望的状況から集団死に 至るまでの、これまで不透明だった部分を結び付けるものだ」と説明している」 チビチリガマは、読谷村民の悲しい悲劇の舞台である。戦争中ここに逃げ込んだ住民は    アメリカンも兵隊だけでなく日本兵にまで追われここで集団自決を余儀なくされた。数十年前    までは地元の人でもその場所をあまり知らな   

2001.10.28 in 読谷

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