彼方へと続く思い
久方ぶりに見上げた空は、気持ち良いほどに晴れ渡っていた。
闇色の世界に瞬く幾億光年前の輝き。
砂漠の澄み切った空気は、より鮮明に輝きを地上へと届けてくれる。
痛みを訴えるほどに首を反らせ、ヴァッシュ・ザ・スタンビートは冷たい瞬きをみせる星々をしばらく見つめていた。
星が降ってくる。
途切れた会話の糸を辿るように顔を上げたツレは、不思議そうにヴァッシュの視線を追いかける。
「なんや、トンガリ。何か珍しいものでもみつけたんか?」
ムードもへったくれもない台詞が耳朶を打つ。
思わず苦笑いを浮かべ、ヴァッシュは視線を正面の相方に戻した。
「君はぁ……」
大仰にため息をつく。すると、そこに宿る感情を読み取って、ウルフウッドは眉をつりあげた。
「そういうところが腹立つねん、自分」
何の説明もせんと……。毎回毎回。
突然、盛大にかんしゃく玉を破裂させ、全身黒尽くめの男は立ち上がる。
声をかけるより先にヴァッシュに背を向け、歩き出した。
「どこ行くの? ウルフウッド」
薪のはぜる音が2人の間に割り込む。
「どこ行こうとわいの勝手や」
焚き火の明りに浮かぶ横顔が吐き捨てた。
待ってよ。
慌てて呼びとめても、聞く耳を持つはずもない。ヴァッシュの声は空しく響くだけだった。
目を凝らしてみても、すでにウルフウッドの姿はない。
遥かな頭上では幾千もの星々が瞬いている。
こんな星明りの下であっても、牧師の姿をみつけることはできなかった。
キミらしいって思っただけなんだけど……。
「せっかくの年に一度のイベントだから一緒にやりたかったんだけどなぁ」
ゆれる炎の明かりを受け浮かび上がる、色のついた小さな紙切れを空に向かって突き出し、ヴァッシュは溜息をついた。
年に一度の逢瀬を楽しむ空の恋人たちには悪いけれど、絶対に聞き届けてほしい願いが彼にはあった。
真剣な、願いが。
「まぁ、いいか」
どこからともなく取り出した身長の2倍以上はあろうかという笹の先端に丁寧に短冊を結び、ヴァッシュは小さく笑った。
知らない方がいいのかもしれない。
ひとりきり。ヴァッシュは砂漠のど真ん中で満天の星空を見上げる。
願いが届きますように、と。
同じ頃。
「せんぱ〜〜い。空がきれいですよ〜〜〜」
「本当ですわね。ミリィ」
先ほどまでの空の大半を占めていた雲が嘘のように晴れ渡っていた。
今、彼女たちの目に映る空には洪水のような光の帯が広がっている。
宿の窓から半身を乗り出した大柄な女性が、どこまでも続く星のカーテンを見上げ、歓声をあげた。
「本当に、今日にふさわしい夜空ですわね」
満面に笑みを浮かべ、小柄なメリルが色の付いた小さな紙を手に、ミリィの横に並ぶ。
窓の外を見上げるその瞳は柔らかな光を宿していた。
「できましたわ。ミリィ、これも飾ってくださいな」
窓の傍にたてかけてあった笹に目を移し、メリルは未だ窓から離れない感激屋の後輩を促す。
「あ、はい。わかりました」
ところで、先輩の願い事って何ですかぁ?
慎重な手つきで笹に短冊を吊るし、ミリィは目を輝かせ、メリルの瞳を覗き込む。
メリルは微笑むだけでそれには答えず、もう一度、澄み切った砂漠の空を見上げた。
「大丈夫ですよ。ヴァッシュさんも牧師さんも、喧嘩しながら、絶対元気にやってますよ」
願いとともに放たれたミリィの大きな声は、光の帯へとこだまする。
足を取る粒子の細かい砂と格闘していた黒尽くめの男は、馴染んだ明るい声を聞いた気がして、サングラス越しに夜空を見上げた。
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