おまけを載せてみました。
短編「月光」の原型。
加羅さんへのメールに雰囲気を伝える為に思いつくまま書いてみたものです。



「どうしたの? その格好?」
 光沢のある深い緑のチャイナドレスに身を包んだ友人の姿に、開口一番まりあはそ う尋ねた。
「ああ、これ。襲名式っていうの、それをやっててさ。今抜け出してきたんだ」
 どう? 似合うだろ?
 不敵に笑って答える朱蘭に、まりあは二の句が告げずにいた。
 外灯の下に立っている友人をまじまじと上から下までたっぷり1分眺めた。
 柔らかそうな羽の付いた扇子を左手に握り、優雅なしぐさであおいでいる少女。太 もも辺りまで深く切り込まれたスリット部分からは、ちらちらと見事な曲線美が見え 隠れしていた。
 確かに、深い緑のそのドレスはこの上もなく彼女に似合っていた。足下からウエス トの近くまで昇り龍の刺繍が施されている。龍の視線の先の腰の部分もキュッとくび れていて、スタイルの良さが伺える。が、これは少々目の毒とは言わないか。
 さきほどから視線の先でちらちらと映る朱蘭の太ももに、ドキリとしてしまう。
 なぜ、同い年の少女にこんなに色気があるのだろう?
 思わず車のガラスに映る自分自身の姿をみやって、内心溜息を吐いた。
 しかし、これだけは言っておこう、と心に決めて、まりあは朱蘭の顔に視線を合わ せる。
「それ、やりすぎ」
 しかめ面を作ってスリットを指差し、感想を洩らすと、親友は「そうかな」と不満 そうな声をあげた。
「あいつらには好評だったんだけどな」
 言いながら、スリット部分を軽くめくっている。
「やめなさいってば」
 慌てて太ももを露出させる友人の手を掴んでやめさせる。
「好評だったんだぞ」
「はいはい。そこはともかく、衣装自体は似合ってる似合ってる」
「だろ? 似合っているだろ」
 投げやりともとれるまりあの口調に、しかし欲しかった言葉を引き出したらしい朱 蘭はにっこりと笑みを返してくる。単純というかなんというか。
 それにしても、数分前の朱蘭の言葉がひっかかった。
「似合ってるけど、襲名式って何?」
 なにかとてつもなく嫌な予感がする。そう思ったまりあの先で、朱蘭が爆弾を投げ つけた。
「親父の跡継ぐんだ。おれ」
「ちょっと朱蘭!」
 慌てたまりあとは対照的になんでもないことのように朱蘭は言う。
「何考えているのよ。むちゃくちゃなこと言わないでよ」
「くれるっていうもんは貰っとかなきゃ」
 そんな問題ではないでしょう。
 叫びそうになるまりあを朱蘭が目で制した。
「親父が一歩も引かないからさ、貰うしかなかったんだよ」
「むちゃくちゃじゃない。どこの親が高校生の娘にやくざの親分なんてものさせるの よ」
「いるじゃないか。うちに」
 大真面目で答える朱蘭に、まりあは頭を抱えた。
「朱蘭……」
「ってことだから」
 頭を抱え込んだままのまりあの顔を覗き込んで、朱蘭は言葉を続けた。
「おれもう行くわ。ちょっとだけって約束で抜け出してきたから戻らなきゃいけない んだ」
 まだ立ち直れないまりあに、じゃあなと軽く手を振って暗闇の中に消えかける。
「ちょっと待って。それをいうためにここに来たの?」
 闇に溶け込みかけた背中に慌てて声をかけると、鳶色の真っ直ぐな目が振り返る。
「まりあには今回のことですごく迷惑かけちゃったからな。報告がてらこの姿見ても らおうと思ったんだ」
 この格好、喜んでくれると思って、選んでみたんだけどな。
 どの基準で選んだから自分が喜ぶと思ったのだろう? はなはだ疑問だった。
「でもまりあ不満そうだ」
 拗ねた口調の友人に、まりあは立ち直りきれていない頭で言葉を返した。
「スリットがもう少し浅かったら、喜んだと思う」
 なんてことを口走っているのだと思わないでもなかったけれど。
「判った。考えとく」
 ちょっと考え込むように間を置いてから、朱蘭は不敵な笑みを再び口元に浮かべ、 闇の中に消えていった。



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