「まさみくん。これ」
とあるイタリアンレストラン。
ようやく2人の休みがあい、本日は約2ヶ月振りのデートだった。
久しぶりに再会した瑞穂は、以前に増して綺麗になっていた。
アンバーブラウンの髪がふんわりとウェーブを描き、卵形の輪郭を縁取っている。
小顔に大きな瞳がきらきらと輝いていた。
その瞳に目を合わせ、まさみは差し出された小さな包みを首を傾げつつ受け取った。
「なに?」
「開けてみて」
いたずらっ子のような可愛らしい笑みを浮かべて、瑞穂は催促する。
促され、まさみは水色のラッピングを丁寧にはがしていった。
包装紙の下に現れたのは、小さな透明な箱だった。
透けて見えるその下には銀色の指輪が現れる。指輪は店内の照明を受け、柔らかな光を辺りに散らした。
「指輪?」
こういったものは普通、男から女に贈るものではないだろうか。
それに。
「今日、僕、誕生日だっけ?」
まぬけなことを聞いてしまった。
とたん、瑞穂の頬が風船のように膨らむ。
「違うけど。何か記念日じゃないとプレゼントってあげちゃいけないものなの?」
膨らますその仕草がかわいい。
年齢よりも落ち着いて見える恋人が、その瞬間、年相応、いや、ぐっと幼く映る。
「いや、そうじゃなくって。でも、いいのかな」
慌てて右手を左右に振ろうとしたら、ワインを注ごうとしていた店員の腕にあたり、
ワインが少量飛び散った。
まさみの動きを察知した店員の一瞬の判断が、床に数滴雫をこぼすだけに被害を止める。
「申し訳ございません」
「いえ、こっちが悪いんです。すみません。あっありがとうございます」
洗練された仕草で仕事を続ける店員に、まさみは頭を下げる。
恐縮する様子は、耳をたれた犬のイメージに近い。そんな仕草が彼を実年齢より幼くみせている。
傍からみたら、同い年カップルにはみえないだろう。幾分彼女が年上に見られる年の差カップル。
下手をするとカップルではなく、姉弟にみられているかもしれない。
(実際に言われたことがあったりするのだが)
「いいのかなって、何?」
その場を戻すように、瑞穂がまさみに問いを返した。
「いや……僕、何も持ってないから……」
2ヶ月振りだっていうのに……。
言いにくそうにぼそぼそと口に出すまさみの顔には、情けないような困ったような表情が浮かんでいた。
可愛い。
今度は瑞穂がそう思う。
まさみはこういうことには疎い。
気が利かない、気配りがない、といえばそれまでなのだが、
しかし、それがいやだと思ったことはなかった。
まさみは母性本能をくすぐるタイプである。
しかも強烈に。本人はまったく自覚はしていないが。
このほんわかとした柔らかな存在があれば、何ももらえなくてもかまわなかった。
まさみは癒してくれる。プレゼントなどなくとも、いつも心地よい時間をくれる。
瑞穂にはそれで十分だった。
友人にそれを言うと、みんな「変わっている」だとか言うが、関係なかった。
満ち足りているからそれでいい。
「いいよ。まさみくんはそんなこと気にしなくたって」
私はいっしょにいれればそれでいいもん。
「こうして会っていれば、それだけで幸せだよ」
にっこり笑うと、つられて彼もくしゃくしゃっと可愛い笑顔を彼女に返す。
「良かった」
ほっと息をついて、パスタを口に運ぶまさみが、左手で指輪をもてあそぶ。
どうやら、扱いに困っているらしかった。
こういうものをもらったこともないのだろう。
意図もあんまりわかっていないに違いない。
はぁーとまさみには判らないほどの小さな溜息をついて、瑞穂はサラダに伸びた手を止めて言った。
「まさみくん。その指輪ね、右手の薬指に嵌めるんだよ」
「右手? こういうものって左手じゃないの?」
不思議そうな顔をする彼氏に、瑞穂は笑顔で応じた。
「左手でもいいんだけどね」
私もその方がうれしいし……。でもプロポーズはするより、される方がいいんだよね。私は。
胸の中で呟いて、瑞穂は続けた。
きっと左手薬指の意味もあんまり判っていないに違いない。
しつこいようだがまさみはこの手の話題に非常に鈍感なのである。
「でも、それは右手薬指に嵌めてね」
約束だよ。
お願いねっと駄目押しで斜め下から見上げるような視線を向けると、
まさみは素直に頷いてさっそく右手に指輪を嵌める。
料理を運んできた店員が軽く肩を竦めて、離れていく。
あまりの彼氏の鈍さに呆れたのかもしれない。
ぴったりと嵌った指輪を照明にかざしたり、指を軽く動かしてみたり、一通りのことをやってみたあと、
「いいね。これ。シンプルだし」
僕のサイズにぴったりだ。
表情が明るい。どうやら気に入ったらしい。
嬉しそうな、でもどこか照れたような笑みを浮かべながら、まさみは食事を再開した。
瑞穂も一緒になって微笑む。
中断していた食事を再開しながら、その日2人は久しぶりのデートを楽しんだ。
右手の薬指に光る指輪。
その強烈な母性本能をくすぐる性格をしたまさみは、どこへいっても女性たちにはもてた。
特に押しの強いお姉さま方に。
その他大勢を牽制する為の指輪はその後、多大な効力を発揮することになる。
七瀬 未来さんと西内紙 鴉嬢の「彼女いるんですかーー(叫)」発言から
生まれましたショートストーリーです。とある場所に書いていたんですが、
表に出しても大して影響はなかろうと表に移動しました。