連想ゲーム



「ちょ、ちょい待てっっ」
 いつになく上ずった声で制止の声を上げる黒髪の青年を見下ろしながら 金髪の青年は幾分不服そうな表情を浮かべた。
「なんだよ、今更。したいって言ったの君の方でしょ」
「そら、確かに言ったけどな〜。いきなりは無理やて。ほら心の準備っちゅうもんがあるやろ?」
 乗り気の青年の気をそらすように目の前で軽く指を振る黒髪の牧師を 半ばあきれた気持ちで見下ろしながらヴァッシュはため息をついた。
(ネコじゃないんだからさ・・・)
 いつもはぶっきらぼうで無愛想なくせに、 時折みせる子供っぽい仕草がなぜか妙に違和感を感じさせない。
 この男の持つどこか老成した大人の空気がはったりではないことくらいは分かっているが、 それは今までの生き方が彼を急いで大人にさせただけかもしれず、 ホントは見た目よりずっと若いのかもしれない。
「案ずるより生むが安しって言うだろ?大丈夫だって」
「〜〜そうは言ってもな〜、初めてなんやて」
 一瞬言葉に詰まってヴァッシュは相手の顔をまじまじとみつめた。
 黒髪の牧師は拗ねた様な表情で目を伏せている。
 瞬間、喉元まで出かかった言葉を無理やりに飲み下す。
「かわいい」なんて口にしようものなら、どんな報復が待っているかしれたものではない。
 普段、パニッシャーを振り回している時には間違っても思い浮かばないような形容詞である。
 意識的にやっているというなら大したものだと思いつつ、 小さな子供に話かけるように(でも馬鹿にしてると思われない程度に)柔らかい声音で話し掛ける。
「心配しなくても優しくするって」
「なんやそれ・・・」
 幾分うらめしげな上目づかいで見上げられて、 なんだかこっちが悪いことをしているような気になってくるが、 前にも言ったとおり「したい」と言い出したのはウルフウッドの方なのである。
「いいから、はい。ちゃんと開いてて」
 ため息まじりに促しながら、顔を近づける。 指先が頬に触れるとピクンとおびえるような反応が返ってきて、 ウルフウッドの体が強張るのが分かった。
「・・・っやっぱ無理やって!」
「駄目だよ〜閉じちゃ。上手く入んないだろ。」
「せやかて、痛いやんかっ」
 半分涙目になりながら訴える牧師の様が一段ときかん気の強い少年のように思えてきて、 ァッシュは危うく脱力するところだった。 ホント分かっててやってるんじゃないの?誰だよコレ・・・。
 少なくとも彼の知りうるウルフウッドの姿ではない。彼の知ってる男は、 ぶっきらぼうで物騒で、煙草くさくて、酒に強くて、金にうるさくて、 そのくせ肝心な時だけ調子よくて、全然らしくないくせに牧師なんかやってたりして・・・ とにかく、この上もなく胡散臭そうな奴なのである。
 鋭い目付きと少し皮肉っぽい表情のその裏側に、こんな一面も隠しもっていたというのであれば、 もうこれは詐欺というほかない。
「最初だけだって。慣れれば平気だよ〜」
 それでも辛抱強く説得を試みるのは、 普段滅多に見られない彼の様子をもう少し見ていたいからだということをヴァッシュは自覚している。 悪趣味だとは思うが楽しいものは仕方ない。
「簡単に言うなや・・・」
「そんなに力まないでよ。ほら、力抜いて楽にしてて、いい?」
「・・・・・・っ」
 見開かれた切れ長の黒い瞳の上で瞼が引きつるように震えている。 その様を少しだけ意地悪な気持ちで観察しながら、 ヴァッシュはウルフウッドに気付かれない程度に微かな笑みを頬に浮かべた。 いつもどちらかといえば振り回されてるのはヴァッシュ の方なのだ。 少しくらいの意地悪は許されるだろう。
「もうちょっと・・・・こっち見てよ」
「あっ・・・ってって!」
 牧師が体を引くより、ヴァッシュの動きの方が一瞬早かった。 タイミングを逃さずそのまま中に入れてやる。 瞬間、軽く息を飲む気配がウルフウッドの喉の奥から零れた。
「・・・ほら、入ったでしょ?どう?」
「・・どうもこうも・・・あるかいなっ・・めっちゃ痛いやんか・・・」
 伺うように覗き込むと、黒髪の牧師は硬く瞳を閉ざして苦痛に耐えるような表情を浮かべている。
 短めの睫毛が微かに水滴を含んで小刻みに揺れている。 そういえばこの男の涙は一度も見たことがない。 意地っ張りな男のことだから人前で泣くことなどないのだろう。もしかすると、 一人の時さえ自分にそれを許さないかもしれない。そう考えて胸の奥が微かに痛んだ。
「きつい?・・・・泣いてるのかい?」
 呼びかけると、少し間をおいて閉ざされていたウルフウッドの両目が薄く開かれた。 2、3度軽く瞬きすると睫毛に宿った水滴が弾けて頬を伝う。 乱暴な仕草でそれを拭いながら自分に向けられた眼差しはいつもとは違う彩りを帯びて潤んでいた。
「・・・あほ。そんなんとちゃうわ・・・ただ・・・・」
 フと視線を逸らせた牧師の横顔を見やりながら「意地っ張り」と口の中だけで呟いてみる。
「ただ?」
「思ったほど悪うはないなぁって思っただけや」
「・・・・・・・ウルフウッド」
 いったん逸らせた視線をもう一度ヴァッシュの方へ向ける。 その目の中にさっきまでの戸惑うような光は見当たらない。 変わりにいたずらに成功したいたずらっこのようなどこか満足気で嬉しそうな気配を感じ、 ヴァッシュはもう一度軽い溜息をついた。
 あ〜あ、復活しちゃったよ。
「ワイ、青い目でもなかなかイケてる思わへん?」
「・・・カラーコンタクト一つでここまで大騒ぎするのって今時君くらいのもんだよ・・・」


                        −終劇−




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