朝日を見に行こうよ


――ックシュン!

さむい。
そーのー言葉だけしか出てこないんですけど、深里(みさと)さん。
もう、何度も同じこと言ってるけど、俺、寒いの嫌いなんだって。
だから、車の中で大人しく待とう――ってな、俺が言ったのに、車の中じゃちゃんと見えないから、上に行こうなんて言うから・・・・。
あそこからでも十分見えたと思うんだよ、目当てのものは!
「さーむーい〜〜〜。」
ジャケットの裾を掻き合わせて、歯をカチカチいわせながら言うと、前を行く白いファー付きのコートを羽織った深里が、ぐるんと首をめぐらせて、半眼で睨んだ。
いや、懐中電灯の明かりだけだから、多分、睨んだんだと思う。(いつもの行動パターンから言えば)
「夜明け前の闇は1番濃くって寒いの!!だいったい、山を登ってるのに寒いなんて言わないでよ。私、暑いくらいだよ?」
いや、そりゃ、お前、それだけ着こんでたら・・・・・・っていうか、
「あのさ〜、やっぱさ〜、道、間違えたんじゃねーか?」
そうだよ。ぜってーおかしいって。
なんでこんなに鬱蒼と木が茂ったとこを、俺たち進んでるわけ?
確かここって、山頂までちゃんと遊歩道がついてる、比較的、楽に登れるとこだっただろ?山頂は、きちんと整備されてて、情緒あるんだかないんだが、柵がしてあって。
がっ!
今歩いてるここは、きちんと整備されてる道じゃねーって。まるで、獣道って言葉がピッタリなような・・・・。
真っ暗だしさ〜、電灯の光だけじゃ心細いしさ〜、正直、なんか出てきそうで、怖いんですけど。星明りって言ってもな〜、限度が。
そりゃ、山の中に入ってきてるだけあって、空気は澄んでて綺麗だよ、空も。けどな〜・・・・。
それでも、深里はぐんぐん進んでく・・・・・少しくらい、不安に思わないんでしょうかぁ〜、深里さんっ!
「・・・・・・・・。」
ガサゴソ。今まで暗くてよく分からない植物を掻き分けていた深里が、突然、ピタッと止まった。くるり、振り返る。
「・・・・・・・道、間違えたかな?」
「・・・・・・・・。」
すみせん、今ちょっと、脱力しましたぁ!
深里さん、みぃ〜〜さぁ〜〜とぉ〜〜さ〜〜ん!
「・・・・・・だから、さっきから言ってるだろ?」
お前、遅すぎるって。
振り返った深里を、今度は俺が半眼で睨むと、深里は困ったように、わざとらしく笑って見せた。
「え、え〜と。その、やっぱり進んでみなくちゃ分からないってネ、ね!」
いや、ねっ!て言われてもなぁ。
「さ、さーー、引き返しましょう!!こういう時は、間違った場所まで戻らないとね!」
「うっわ、おい!押すなって。わーーーっ、こけるっ!こけるってぇーーーっ!!」
足元がちゃんと見えない中、前からぐいぐい押してくる深里に叫ぶが、彼女は聞かないふりをして俺をせかす。
その様子は、何かにおびえて必死で巣に帰ろうとする小動物を思わせた。
は、は〜〜ん。なるほど。
「お前、実は結構、怖かったんだろ?」
今度は俺が前に立って、深里に背を押されながら、笑いながら問うと、深里が俺の背をドンッと叩いた。
「あったり前でしょ!!怖くないはず、ないじゃない!!だいたい、どうして高志が前歩いてくれないのよぉ〜〜〜っ!!!」
などと、怒りと涙が混じった声で叫んでくる。
俺は思わず笑ってしまった。言ってることが、むっちゃくちゃ。
「だって、お前が言ったんだぜ?もっと上まで行ったら綺麗に見えるだろうって。ここからだったら、木が邪魔してちゃんと見えないからって。」
言うと、深里は俺の背に掴まったまま、うぅ〜〜と、うめいた。
「だって、ちゃんと見たかったんだもの〜〜。いっつもちゃんと見たことなくって、今年こそは!って思ったんだもの〜〜っ!!」
恨みがましい背後からの声に、俺は来た道を元に戻りながら、ため息をついて見せた。
「あのさぁ〜。けど、別に新世紀を告げる日の出でもないのに、どーーしてそんなにこだわるわけ?たかがいつもと同じ毎日の始まりを告げる朝日だろ?」
そう言うと、背後の彼女はしばらく沈黙したようだった。
ドンッ!
背中を叩かれる。・・・・・けっこう、痛いんですけど。
「・・・・・・・高志(たかし)って、高志ってっ、知ってたけどっ!どーーしてそんなにロマンがないのぉーーっ!!」
「ろまん?」
はぁ!?なんですと、深里さん?
「そうよっ!ロマンよっ!!ロマンチックじゃなくて、ロマン!!男の人はロマンを追い求めるはずなのに、なぁ〜んで、高志はこんなかなぁ?・・・・わかなんいなぁ、私。」
「・・・・ロマン、ねぇ?朝日を見に行くのが?それこそ分かんねーよ、俺。お前のはただ単にイベント好きってヤツじゃないのか?」
「ちっがーーうっ!!違うもんっ。そんなんじゃないもんっ!!」
はいはい。分かったから、そんなにドンドン背中を叩いてくれるな。
俺の背中は太鼓でもなければ、ドアでもねーよ。
俺がおだなりに、ハイハイと返事をすると、深里が何かわめいて来る。が、それは放っておく。
・・・それにしても、俺たち、こんなに歩いて来たっけ?
懐中電灯の明かりだけが頼りの闇の中、俺は首を傾げた。
そもそも、深里がいつになく声高にわめいているのも、怖いと思ってるせいだ。
う〜ん、しかし・・・・・まさか、二次災害とか言うなよぉ〜〜。もういい加減、元に戻っても・・・・・・。
「あっ!!」
「わっ!!」
いっきなり声出すなよ、ビックリするからさぁ!
俺が、ビクッとして振り返ると、深里が、前方に指をさして、顔を輝かせていた。
「あれだよ、あれ!あのふにゃふにゃした二股の木からこっちに来たの!だから、その反対・・・・。」
深里が懐中電灯で、俺たちの行く先を照らし出す。
あぁ。
「あっちに行けばいいの!」
なるほど。オッケー。
それにしても・・・・・ふにゃふにゃした二股の木・・・・確かにそう見えるのが怖い。
暗い影が、不気味だ〜〜。深里、きっと怖かったんだぜ、コイツ。
に、しても、だ!
「なぁ、深里。なんでお前、間違えたわけ?あっちの方が、明らかに道が広いぞ?」
そう。こっちの細々して、ぐちゃぐちゃと草やら木が生い茂ってる方よりも!!
怖くて間違えたかぁ!?
すると深里は頬をふくらませて、俺を睨んできた。
俺より背の小さい深里からだと、俺を見上げる格好になる。見上げた格好で、深里は腰に手を当てた。
「だって、後ろから、寒い〜〜、まだかよ〜〜、やっぱ戻ろうぜ〜〜って声が聞こえてくるんだもの!焦って間違えちゃうに決まってるでょ!!」
なるほど。つまり。
「うっかり間違ってしまったと、認めるわけだね、深里君。」
「・・・・・・・うるさい!」
深里は顔を真っ赤にして俺に怒って見せると、今度こそ、ちゃんと広い道続きの“広い道”を歩き始めた。
おいおい、また先頭に立つと・・・
「間違うんじゃないですかね〜、深里さん。ここはひとつ、俺にまかせた方が・・・・。」
「うるさい!うるさいうるさい!!」
ハイハイ。
俺は肩をすくめると、深里の後に立って歩き始めた。
もちろん、今度はちゃんと深里の前を懐中電灯で照らして、先を確認しながら。




しばらく歩くと、さっきまでの苦労が嘘のように、それなりに広い空き地となった頂上に出た。例の柵つきの。
とはいえ、あの無茶苦茶登山のおかげで、体があったまったのは確かだ。
今は、背中にじっとりと滲むものを感じながら、空いた場所を探した。
と、いうのも、やっぱりいるんだな。・・・・もの好きなのが、深里以外に。
朝日なんてな〜、見ても仕方な・・・・・
「あ、あっちあっち。あそこなら人、いないよ。ちょうど良く見えそう!!」
「って、おい、深里・・・・・。」
走って行ってしまう深里を追う。
どうでもいいけどアイツ、この山の朝日が見える方、ちゃんと分かってるのか?
・・・・いや、アイツならそこまでちゃんと調べてるか・・・・・さすが、イベント好き・・・・なのか?はて?
「早く早く、高志っ!!」
おいおい、そんな大声で呼んだら、ヒンシュクかうぞ〜〜。親子連れならいいけど、カップルは・・・なぁ?ほら、睨んでるよ、睨んでるぅ〜〜。
「はっ、やっ、くっ!!」
「ハイハイ。待て待て。夜明けはそうそうやって来ない・・・・・。」
って、あれ?あっちの・・・・・東?東の稜線が明るい?
深里は近くまでやって来た俺を見上げると、柵を掴んで伸び上がってニッコリ笑った。
「ほら、もうすぐ夜明け!」
確かに、よく考えれば、真っ暗で良く見えないはずの辺りの景色が、段々色を取り戻していて行っている。
懐中電灯の明かりが、いらないように。
遥か彼方、連なる山々。
今は色をなくし、葉を落とした木々が連なる向こうに、白じんでいく空の、赤とも青紫ともつかない色。
「すげー。」
知らないうちに、そんな声が俺の口から零れ落ちていた。
深里が勝ち誇ったように見上げて、滲むような笑顔を見せる。
眠気も覚めるような、鮮やかな朝日の色。
だんだんと、明るくなって行く辺りの景色。
それは、魔法をかけるように、素早く、けれどやっぱり徐々に、見るものに感動を与えて白熱する円形が顔を見せる。
辺りから聞こえる歓声。
響く、「明けましておめでとう」の声。囁く、「今年もよろしく」の声。
朝日は、当たり前だけど、新しい今日を連れてくる。
いつもいつも、毎日繰り返される今日だけれど、今日このとき、いっしょにいる人と挨拶を交わすのは、とても幸せなことかもしれない。
「明けまして、おめでと!」
深里が笑みを覗かせて、片頬だけを赤く染めて、俺に告げる。
「・・・・・おめでと。」
思わず、笑みを浮かべながら、前にいた深里の体を腕の中に抱き込んだ。
「わっ!ちょっと何!?」
驚いて声をあげるのもかまわず、ぎゅっと抱きしめて、笑った。
白く、朱鷺色に、薄花色に、赤に、紫に、青に。
空を染め上げていく光の帯。
きっと多分、地球が誕生した時から変わらぬ光を投げかける炎が、地上に赤、緑、青、黄の色を刷いて行く。
連なる翠の山々、青い空、遠くに見える灯りを消していく町並み。
完全なる姿を山の頂きに見たとき、またも俺は深里に毒されて、感動、していた。
・・・・・たかが、朝日に。
まぁ・・・・・なんだな。俺がこんなだから、こーゆー彼女がちょうどいいってヤツかな。
な、深里。
見下ろすと、ようやくジタバタと足掻くことをやめた深里が、恥かしいなぁと、唇をとがらせながらも、頬を赤く染めて軽く睨んでくる。
今度の頬の色は、朝日のせいじゃない、血の通う赤の色。
俺は、光をとりもどした世界の中で、にっこりと深里に笑いかけた。
「今年も、よろしく、な!」
深里はまた頬を染めると、顔を出した太陽に負けない輝く顔で、にっこり破顔した。
「よろしく!!」
新しい年を、新たな気持ちで。
深里と一緒に・・・・・。
太陽は暖かな熱を浴びせ掛けていた。



しかし、まぁ、これで話が終わればいつになくいいんだけど、これにはちょっと後日談がある。
やっぱり、深里とで大丈夫か!?っていうオチが。
あの、間違えた道。
帰りがけに、明るい空の下見たら、デカデカと看板に赤ペンキで、「危険!これより先崖あり!」と、書かれていた。
もしかして・・・・・俺たち危なかった?
深里を顔を見合わせて冷や汗をかいたら、後から、やっぱり、そうとうマズイところまで進んでいたことを聞いた。
どうやら、あの先の見えない暗闇の中、あと少し歩いたところで・・・・・

崖下にドボン!

深里・・・・・・・。
やっぱり俺、お前と付き合うの、考えた方がいいかもしんない。




おわり


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