* 桜 祭 り に 行 こ う よ *



「では、今日はここまでとします。」

今日、一番最後の講義が終わる。
4限目。4時半でおしまい。
別に夜間の授業をとってるわけでもなし、ましてや大学4年生。もう、授業らしい授業はない。
3年までで必要な単位はだいたいとってあるから、あとは、ゼミ関係のとか、卒業業績のとかの必須単位をとるだけ。
に、しても、4月の陽気のいい日に青空眺めながら眠い講義聞いてたら、むなしくなってくるなぁ。
ほんと、おつかれさ〜〜んって感じ。
・・・・・って、ハッ。高志(たかし)じゃないんだから、そんなおっさんクサイ台詞を言っちゃうなんて・・・・。
「最近、毒されてきたかしら?」

「――なぁ〜にが、毒されてきたって?」

ボソッと呟いたのに、返事があったのに驚いた。
思わず、ルーズリーフやら、シャーペンやらをしまう手を止めて振り返ると、そこには親友・・・というより、腐れ縁の大和撫子が立っていた。
ごめん、これ、比喩じゃないんだ。本当に、ほんっとうに、彼女は「やまと なでしこ」さんっていうの。
性が大和、名前が撫子。
親が、彼女にヤマトナデシコになってほしくてつけたらしいけど、そんな、からかわれる名前をまぁ、よくつけたっていうか、なんていうか。
彼女、家が隣で昔から仲良かったから知ってるんだけど、やっぱり、からかわれてたよ、ヤマトナデシコ。
確かにね、親の願いが強かったからか、何なのか、彼女、黒髪ストレートの目元涼やか、小顔ビジンなんだけど・・・・性格が、ね。
黙ってれば、言うことなく、ちょいきつめの日本人形なんだけど・・・・・清楚で可憐な大和撫子?・・・・ごめん、ちょっと笑えるかも。
撫子は長い黒髪をはらりと肩先で払うと、真っ黒な瞳に笑みを覗かせて、口元をつり上げた。
「なぁ〜にを考えてたのかしらね、深里(みさと)ちゃんは。」
あでやかに微笑んで覗き込んできてくれる撫子から、私はちょっとばかり身をひいた。
明らかに、からかいたいって顔にかいてある。
撫子は普段、人に興味が薄いんだけど、一旦興味をもっちゃうと、しつこいんだよね〜〜。
どこまでも、自分が満足するまで追及する。もうっ、ヤな性格っ!!
「な、何でもないわよ。ちょっと考え事してただけ。」
「ちょっと、考えごと、ねぇ、ふ〜〜ん。」
撫子は、三日月型の眉をちょっと上げて見せると、ニコリと笑った。
「それって、今日これからカレシと一緒に行く桜祭りについてかしら?」
え?
私は思わずもう一度身を引いた。
「え?な、なんで撫子が知ってるのよ?!わたし、誰にもいってなかったのに。」
驚く私に、撫子はまたまたニコリと笑い、ちょっと首を傾げた。
肩先で、サラリと落ちるつやつやした髪の毛が綺麗・・・・って、みとれてる場合じゃない!
「あぁ、アレがわざわざ言ってきたのよ。聞いてくれ〜〜って。」
アレ?
アレってもしや・・・・。
私が聞き返そうと思ったちょうどその時、その“アレ”が姿を現した。
「な、撫子ちゃ〜〜ん、ちょっと待ってくれたって。うぅ〜〜。」
わざとらしい泣きの入った演技でもって、ざわめく講義室の扉から入ってくるのは、私もよく知ってる、
「タカトー。」
撫子曰く、タカトー。高遠 仁慈(たかとお じんじ)君、だった。
ちょっと長めの茶色の髪に、薄茶色の瞳。少し目が垂れ目な彼は、性格がおちゃらけていなければ、見た目、カッコいいと言える顔をしてる。
手を振りながら、私たち2人の前までやって来た彼は、大袈裟に肩で息をすると「タカトーじゃないよ、撫子ちゃん」と、ちょっと鼻にかかった声で言った。
けど、答える撫子の言葉は冷たい。
「誰も待つなんていってないじゃない。だいたい、あんたを待ってたら、私、いつまでたっても深里のとこに来れないわ。」
腕を組んで言い放つ、けんもほろろな撫子に、高遠君の肩が、カクリと下がる。
「そ、それはないんじゃな〜〜い、撫子ちゃ〜〜ん。」
ヨロロとダメージを受けた振りをする高遠君だが、撫子はそんなものを意にも返さない。
・・・・・全く、なんていうか、諦めないというか、いつまでたっても変わらないっていうか・・・・・。
入学当初から、撫子に一目ぼれしたと言ってきかない高遠君と、それを全く取り合わない撫子。
まぁね、高遠君って、どっか嘘くさいところがあるから・・・・・分からないでもないけど。
それでも、あの撫子が高遠君を本当の意味で突き放していないのが、面白いところ。
なんてったって、撫子さん。気に食わないヤツを周りにのさばらしておくほど、優しい人ではございません。
それは、過去、撫子のことをからかったヤツがあった目を考えれば分かることで・・・・・う〜〜ん、本当は、高遠君のことどう思ってるのか・・・・謎、だなぁ。
「――っと、そだ、深里ちゃん!」
はい?
ぐるぐると目の前の2人に考えを巡らせていたら、その本人――高遠君から声が掛かった。
首を傾げると、彼はにこりと笑いかけてくれながら、メッセージを届けてくれた。
「高志から連絡。就活が5時ごろ終わるから、約束の場所に着くの6時前くらいだってさ。伝えてくれって言われたんだ。」
「・・・・・なるほど、撫子が知ってるわけだ。」
高遠君は、高志の友人(悪友とも言う)。
高志が伝言を頼んだから、高遠君は私たち2人が今日、桜祭りに行くことを知っていたらしい。
で、それが撫子に伝わった、と。
「あ?なんかあった?」
ちょっとばかり憮然となってしまった私の顔をみて、高遠君が首を傾ける。
私はそんな彼をチラリと見て、軽く肩を竦めて見せた。
「ううん。いいの。何でもない。ありがとね、高遠君。」
「・・・・いえいえ、どういたしまして。」
不思議そうな顔をしつつも、おどけた調子で首をふる彼に、私は笑った。
それにしても・・・・
「6時前、か。」
じゃあ、今から大学出たら早すぎるかな〜?
高志は今日は就職活動に出かけているのだ。略して就活。説明会を聞いた後に、そのままの足できっとやってくるのだろう。
何となく、疲労困憊しているサマが目の前に浮かんで、笑えた。
私はといえば、小さな雑貨屋さんに就職が決まっている。小さいとはいえ、前から気にっていた場所で、私は満足。
そりゃ、ちょっとお給料は少なそうなんだけどさ。けど、好きなことが出来れば、それでいいよね?
お金には、代えられません。
「深里、な〜〜に、自分の世界に入り込んでるの、さっさと行くわよ。」
突然声をかけられて驚く。
はい?行く?
「どこへ?」
顔をあげると、呆れた風な撫子の顔。
「だ〜から、一緒に桜祭りへ。あれ、4時ごろからもうやってんでしょ?」
「あぁ、うん。そうだけど・・・・・。」
って、あれ?
「撫子も行くの?」
疑問符一杯で尋ねた私に、撫子の手が飛んで来た。
パシッと軽く頭を叩かれる。
「さっきから言ってんでしょが。あんたが一人で6時まで待つの可哀想だから、私もそれまで一緒にいたげるって。」
ちゃんと、聞いておきなさいよね!
そう言われて、私は首を傾げた。い、一体いつの間に・・・・・。
まぁ、それは嬉しいことなので、頭を撫でながら頷くと、満足気な撫子の顔。
それと一緒に、高遠君の涙声。
「だ〜か〜〜ら〜〜っ。撫子ちゃん、撫子さん。ワタクシめもご一緒したいと申し上げて・・・・・。」
「却下。」
にべもない撫子の返事。
「う、うぅぅう〜〜〜〜。」
ぐたりと近くの椅子の背に寄りかかって、泣き真似をする高遠君。
・・・・ほんっとどこまでいっても芸を忘れない人。ある意味凄い。
まだ教室に残っていた人たちが、クスクス笑いながら通りすぎていく。
撫子と高遠君のセットは結構学内で有名だったりするので、アレがあの2人ね〜とか、みんな言ってるのかも。高遠君が軽い性格で女の子に人気があるから、余計。誰彼かまわず声を掛ける達人
「じゃ、バカは放っておいていきましょうか。」
撫子は私の腕を取ると、気の毒そうな視線を向けている私をひっぱって歩き始めた。
「う〜〜わ〜〜、オレってば、そこまでムシ?」
泣き真似しても報われない高遠君は、あっさりその演技を投げ出して、今度は机によりかかって、呆れにも似た疲れた顔を見せた。
だけど、長年(とはいえ3年とちょい)培ってきた彼の打たれ強さは並じゃなくて、彼は、あっさりと顔色をあらためて、にこやかに私たちの後に続いた。
振り返らない撫子と、彼女に引っ張られながら後ろを向く私、犬よろしくついてくる高遠君。
・・・・・傍から見れば、きっと面白い眺めだと思う。
「桜祭りか〜〜、楽しみだね〜〜、深里ちゃん。」
半ば引き摺られる私に、ルンルンな調子で言う高遠君。
撫子さんと一緒にいれるなんて、もう幸せで、幸せで〜〜〜と、それに続けるのに、脱帽する。
勝手について来ててもそうなるの?
「あの、高遠君・・・・。」
話し掛けようとした言葉は、
「バカに話しかけないの!」
という撫子の声に遮られた。
・・・・・もう、ほんっとに・・・・・訳が分からないカップルだわ(脱力)
(あ、カップルじゃないんだっけ?)




「う〜〜わ〜〜、きれ〜〜い!」
流石、隠れた桜の名所!
咲き誇った桜が、小さな川沿いに果てなく並んでいるように見える。
ピンク色の乱舞。
「ほんと、綺麗ね。」
珍しく撫子も表情をあらわにして、咲き乱れる桜を眺めている。
夜祭りのためにつけられた提灯には既に灯りが入っていて、夕闇にほんのりとついた灯りも綺麗だった。
まだそれほどはっきりとしない灯りが桜の薄桃色の花弁を照らす。
その下では、恒例の屋台が、軒を連ねていて、もう既にお客さんで賑わっていた。
まだ歩ける人の多さだけれど、そのうち、歩くのも難しいぐらい人が集まってくるのだろう。
「ちょっと、人が邪魔だけどね。」
ボソリという撫子に、私は思わず苦笑する。
撫子さん、人ごみ嫌いだから・・・・・。そいえば、高志も嫌いなんだよね〜。まぁた、嫌な顔、しそう。
「ほぉーー、圧巻〜〜。」
私たちとはちょっと離れた所で、結局ついてきた高遠君が桜を仰ぎ見て叫んでいる。
撫子はやっぱり彼を視界にいれていないふりをして、私にその深い瞳を向けた。
「けど、今時分に桜って?と思ったら、八重桜だったのね。八重桜ってちょっと開花遅いものね。」
そう、普通の桜はもう緑の葉っぱを茂らせようとしているころ。けど、八重桜ってそれより少し遅れて咲くのよね。
だから、こんな4月の中ごろに桜祭りがある。
「うん。八重はまた、豪華でしょ?」
笑う私に、撫子はおかしそうに笑った。
「そうね。・・・・・・けど私、もっと気になってたことがあったんだけど・・・・・。」
意味深に笑う撫子に、私は思わず身をひきながら、首を傾げた。
「な、なに?」
すると、彼女は長い黒髪をさらりと払って、腕を組んだ。
「いえ、そうね。水谷(みずたに)クンって、こういうイベントごとって嫌いなのに、よく承知したな〜〜って。」
「え゛?」
頬をひきつらせると、更に撫子は言い募った。
「イベント好きなのは深里だもんね〜〜。最初彼と付き合いはじめたとき、あ〜んな出不精とで大丈夫かって思ってたけど・・・・なるほど。」
深里は尻にしくタイプだったのね。
と、言われて、私は激しく脱力した。(あ、ちなみに水谷は高志の姓ね。)
し、尻にしくタイプって・・・・。
「そ、そんなことないもん!」
すると、彼女は私のそんな返答も予期していたらしい。
更に、嬉しそうに微笑んで、こう告げた。
「じゃ、それだけ水谷君が深里にメロメロってことなのね。」
「なっ!!」
自分でも、途端に顔が真っ赤になったのが分かった。
目の前の、すんごく嬉しそうな撫子の顔をみれば、要するに、これが言いたかったらしい。
くぅ〜〜〜、どこまでも私をからかうのが好きなんだから!
しかも、それにのせられやすい、私って、何?
真っ赤な顔で何も言えずに撫子を睨むと、撫子は肩をすくめながら、ポンポンと私の頭を叩いた。
撫子の方が背が高いから、自然と私は彼女を見上げる形になる。
「まっ、けど、いいことなんじゃない?競争率高かった彼を落としたんだし〜〜??」
「そうそう、中身は3枚・・・5枚目でも、顔だけは嘘みたいにいいからな。」
撫子の後ろから、ひょいと顔を乗り出し、会話に加わった高遠君にビックリする。
撫子は、何なのよ、あんたは!と、怒鳴るが、彼は一向に気にしない。
楽しげに笑いながら、撫子の腰にいつのまにやら手を回して、動きを封じ込めている。・・・・す、素早い。
「やっぱ見た目はポインツでしょ。中身はアホでも、見た目で中身は分かんないからな〜。自慢にはなるって。」
カラカラと親友のワリにはひどいことを言って笑う。
自慢って・・・・・
「別に、そんなために付き合ってる訳じゃ・・・・。」
もごもごという私に、高遠君は、思わぬ優しい顔で、私の頭を撫子より更に軽く叩いた。
鳶色の瞳がどこまでも真っ直ぐ、胸に飛び込んでくる
「うん。分かってるよ。・・・・・だから、アイツも深里ちゃんに惚れたんだよ。そういう、深里ちゃんだから、ね。」
ウィンクをする高遠君に、私が驚いた目を向けると、彼は一瞬にして、誠実(?)な眼差しを消し去って、「だから、ね」と、嫌がる撫子を更に拘束――もとい、抱きしめた。
「オレたちも幸せになろうよ〜〜〜。高志たち以上に、オレたちはなれるって、撫子さん!」
さぁ、あの桜目指してレッツゴーー!!
訳のわからないことを言う高遠君に、撫子が無言で彼の足を踏みしめる。
あっけなく撫子を放した高遠君は、睨めつける撫子の前で、足を抱えて悲鳴をあげた。
「いってーーっ!!」
演技ではなく、正真正銘の痛がりように、私はさっきまでの会話を忘れて青くなる。
さ、さすがにこれはやりすぎ、じゃあ?
な、撫子さん?
思わず伺った撫子は、無表情ながらもブリザード吹き荒れる顔をして、もう一度、今度は高遠君の反対の足を踏みつけた。
あ、そんなヒールが当たるように踏むなんて・・・・・。
「ふぎゃあ!」
今度は両足を抱えて飛びはねる高遠君に、私は思わず心の中で合掌した。
や、やっぱり可哀想・・・・・。
私が冷や汗を流している間にも、撫子は無言で長い髪を揺らして、どこかへと歩いて行こうとしているところ。
「ちょ、撫子、待って!」
慌てて撫子を追いかけようとした私をひきとめたのは、高遠君ではなく・・・・携帯、だった。
着信を見ると、高志から。
さっきまでとは違う意味で慌てて耳に押し当てた携帯からは、聞きなれた声が飛んで来た。
『あ、深里?オレオレ。今さ、駅についたとこ。』
「駅?」
『あぁ、うん。説明会、予想よりも早く終わってさ、だから、もう、すぐ側にまで来てるんだ。で、深里がどこにいるか聞こうと思ったわけ。』
「あ、そっか。うん。私たち、今ね・・・・・。」
『は、私たち?』
場所を告げる私に訝しげな声。状況を説明すると、
『マジかよ。』
という声が飛んで来た。ついで、呆れた声で、
『深里、あの2人のことは放っておいていいから、お前が考えても絶対わかりっこないからな。だから、その場を離れてオレを待て。』
思わぬ命令口調に、ムカッとするより、笑いが洩れる。
待てといわれたのが、無性に嬉しかったからかも知れない。いつもなら、何ですって?!な〜んて言ったりもするんだけど。
「わかった。で、どこで会う?」
珍しく素直な私に高志の面食らった声。それもまた楽しい。
『ん。じゃあ、門があるだろ?あぁうん。あの鳥居みたいなの。あそこで会おうぜ。』
高志はそれだけ言うと、んじゃすぐ行くからと電話を切った。
もう何の言葉も発しない、無機質な手の中の物体。
それを、カバンに押し込めて、私は身を翻した。
遠くに見える、撫子と、ぴょんぴょん飛び跳ねながらも彼女についていく高遠君。
うん。
2人のことは2人にまかせて・・・・・・。
私はこれからの桜祭りを楽しもう。

高志と、一緒に。



おわり


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