Very Big Love!

「ウルフウッドさん〜〜!!」
 聞き覚えのある、特徴的な声が辺り一帯を駆け巡る。
 大音量の声に、呼ばれた主は、意識を現実へと無理やりひきあげた。物思いに沈んでいた顔が笑みを浮かべる。
 全身黒尽くめの男が向けた視線の先。砂埃を巻き上げながら、大柄な女性が懸命に駆けて来る。
 近づきつつある女性は、なにやら重たそうに何かを抱えていた。
(抱えているというより背負っているといった方が正しいのかもしれない)
 どうやらいつもの彼女の愛用スタンガンではないようだ。
 彼女の背中越しにちらちらと見え隠れする黒い物体に、ウルフウッドの興味が向いた。
「なんや、嬢ちゃん」
 重そうやなぁ。
 咥えていた煙草を、灰皿の隅でもみ消して、ウルフウッドはおもむろに立ち上がった。
 全力疾走に近い歩調で駆けて来る彼女は、みていて危なっかしい。今も重心が右に左にと大きく傾いている。
 なにやら必死の形相なのも気になるといえば、いえた。
 すでに中身が空になった縁の欠けたカップの横にコインを添え、ウルフウッドは屋台を後にする。とりあえず、「でっかい方の姉ちゃん」ことミリィ・トンプソンが大怪我をする前に背中の荷物を引き受けることにして……。
 屋台を出、歩き出したウルフウッドの目に、真っ青に晴れた空が映る。染みる青を見上げ、思わず彼は目を細めた。
 と、その目の先で、長身がバランスを崩しかける。
「!」
 声にならない呼びかけの言葉の前に走り出す。
「うわ、わわわわわ」
 みえない手をばたばたとさせるように、ミリィは意外なバランス感覚の良さを発揮し、なんとかその場に踏みとどまる。
 が、それもわずかな間だった。
 背中の重みで、長身が仰向けに倒れていく。
 まるでスローモーションのような動きだった。
「きゃ〜〜〜」
 余裕のありそうな悲鳴をあげ、雲ひとつない空を見上げるミリィの視界を、一瞬、影がよぎった。
 黒い袖から伸ばされた太い腕が、思わず天へと伸ばしたミリィの白い腕に絡みつく。
 ドスンッ。
 重量のある音とともに周りを覆い隠す砂煙をあげたのは、ミリィの身体から離れた白い物体だった。
 彼女の代わりに天を仰いだものは、ウルフウッドにとっては見慣れたものだった。いや、見慣れたものに「似た」別のものだった。
「お嬢ちゃん、これ、なんや?」
 ウルフウッドは怪訝な顔で、ミリィと白い物体を交互に見つめる。
 巨大な十字架。バンドの色もそっくりな、彼の武器、パニッシャーがそこにはあった。
 白い巨大な紙に包まれた十字架の形をしたソレは、ところどころ汚れがついてしまっている。今の衝撃で一部、包装紙が破れ、下から中身が覗いていた。
 風に煽られ、破れた紙の一部がめくれる。なにやら大きな木箱のようだった。
「あの、あの……」
 腕をつかまれ、勢いでその胸に抱きつく形となったミリィは、とたんに耳まで真っ赤になる。
「えーと、これはですね……これは……」
 問われた内容に、思わずウルフウッドを突き飛ばす勢いで距離をとったミリィは、挑むように相手の瞳を見つめた。
 突然、突き飛ばされたウルフウッドは面食らった顔ででっかい姉ちゃんを見返す。
 真っ赤な顔は相変わらず、真剣な眼差しで自分を見るミリィの言葉を、彼は待つことにした。
 一陣の風が二人の間を駆け抜ける。ほんの少しの、沈黙が横たわる。
 大きく深呼吸をし、一度目を閉じると、やがて決心したように、ミリィは早口でしゃべり始めた。
 牧師さんはバレンタインデーをご存知ですか? この日は特別な日で、チョコレートと一緒に好きな人に思いを伝える日なんです。だからだから……。
 立て板に水とばかりの機関銃のごときセリフ。
「ちょ、ちょお待ってや。お嬢ちゃん」
 次々と繰り出される言葉の数々に、飲み込めずにウルフウッドが動揺の声をあげる。が、ミリィは耳を貸さない。
「だからこれを牧師さんに……ウルフウッドさんに!」
 受け取ってください!
 え? あ?
 勢いに押され、わけもわからぬまま、ウルフウッドは頷きかける。
 その瞬間。
 右手に風を感じた。と同時に黒い影。
 反射的に横を向くと、予測できない速さで、さっきまで大地に寝ていた等身大パニッシャー型木箱が彼に迫っていた。
 パニッシャーを操る手はさっきまで重そうにコレを抱えていた目の前の人物のもの。
 うわっ。
 告白の強い勢いのまま、差し出された(振り回された)木箱を、戦闘経験豊富なウルフウッドは不覚にも避けられなかった。
 腹部に重い衝撃が走る。
「うっ」
 等身大パニッシャー型木箱を抱きかかえるような形で身を折り曲げる。
 木箱の肌にあたった鼻を、かすかに甘いチョコレートの匂いがかすめた。
「ウルフウッドさん? 大丈夫ですか? どうかされました?」
 痛みに顔をしかめる牧師を、気遣うようにミリィが覗きこむ。
「それとも……迷惑でした?」
 自分が今、何をしたのか、まったく気づいていないらしい彼女は、眉をよせ、不安そうな表情を浮かべる。
「いや、嬉しいで。お嬢ちゃんの気持ちは」
 ありがとう。おおきに。
 身体に走る痛みをむりやり押し隠し、ウルフウッドは唇を引き上げる。ひきつる頬に力をいれ、なんとか笑みを浮かべることに成功した。
 とたんにミリィの顔に、美しい花が咲いた。こちらまで無条件に嬉しくさせる、まぶしいほどの笑顔だった。
 痛みを忘れ、彼もつられて笑う。
 明るい笑い声はふたつになり、重なり、響きあった。



 宿に帰り、等身大パニッシャー型木箱を開けたウルフウッドが見たものは、木箱に入った本人そっくりのバッシュチョコだった。
 ということはここだけの話……。


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親友西内紙 鴉嬢の2次創作サイトで企画されたバレンタインデー企画の投稿作品。
原作の雰囲気を崩さないように、と気をつけて書いてみました……。
楽しかったです。書く機会を与えてくれてありがとう〜〜〜。