Very Sweet Love!


「ねぇ、ウルフウッド」
 地べたに座り込み、大型犬が首を傾げるような仕草で、ヴァッシュが相棒を見上げる。
「何や、トンガリ」
 チョコの最後のひと欠けを二つに分け、一方を相方に差出す。もう一方を小さく割って口に放り込もうとして、ウルフウッドはその手を止めた。
 彼の手の中のチョコは、相方のソレよりも大きい。
 目ざとく見つけたのかと小さく舌打ちしたウルフウッドは、仕方なく手の中のチョコを相方用に割る。 不機嫌な顔で残りを差し出そうとした彼の手を、相方の意外な言葉が止めた。
「キミ、お返しは考えたの?」
「……お返し? 何のことや?」
 問いかけに、ウルフウッドの眉間にしわが刻まれる。
 とたんに、相方は「やっぱり」と呆れた表情を浮かべた。
 その表情がウルフウッドの勘に触る。
「なんや?」
 額に青筋を浮かべる彼に、ヴァッシュは更に神経を逆なでするため息をこぼした。
「キミって……」
「何や? 何がいいたいんや!」
 気色ばみ腰を浮かせたウルフウッドの眼前に、ヴァッシュは無造作に大きな布を放り投げた。
 視界を遮るものを反射的に受け取ったウルフウッドは、柔らかい感触に訝しげに目を移した。
 絶句する。
「……何や、コレ?……」
 受け取ったものはフリルのついた可愛らしいピンクのエプロン。
「キミ、彼女から一ヶ月前、何をもらったの?」
「チョコレート」
なぜかヴァッシュの形をした……。
 即答すると、相方はうんうんと力強く首を振る。
 そう、アレを作るの、とっても大変だったんだよ……。
 遠い目をして半ば語りかけた彼は、次の瞬間、コホンっとひとつ咳をし、間を空ける。
「そう、キミ、彼女の想いを受け取ったよね」
 一ヶ月かかってこうしてちゃんと食べてあげたし。
「ああ……そうやな」
 状況を飲み込めていたウルフウッドは、幼子に言い聞かせる口調のヴァッシュの言葉を、素直に聞き、相槌を返す。
「女の子の気持ちには誠実に答えなくっちゃいけないよね」
 仮にもキミは牧師なんだし。
「最後のはよけいや」
 意味がわからないなりに突っ込むウルフウッドの言葉は、身を乗り出してきた相方に無視された。
「で、キミは彼女のことをどう思っているの?」
 勢い込んで聞いてくるその瞳が、キラキラと輝いていた。
 怒る気力も削がれ、尻尾を大きく振る犬よろしく楽しげな相方の姿に苦笑を浮かべる。
 次いで皿の中のチョコに目を落とす。
 しばしの沈黙。
 期待に満ちた目で答えを待っていたヴァッシュに、ウルフウッドは眼差しを戻した。
「ええ子やと思うてる」
 一緒にいると楽しいし、何より心が落ち着く。
 真剣な眼差しでの答えに、ヴァッシュの顔に太陽のような笑みが広がった。無邪気な無邪気な笑顔。
  「それじゃあ、ハイ、これ」
 その答え、待ってました! とばかりにヴァッシュは立ち上がると、次から次へとどこからともなく何かの材料をテーブルへと並べ始めた。
「何や? 何なんや?」
 未だ理解していないウルフウッドを置き去りにし、嬉々とした表情でヴァッシュは小麦粉、卵、砂糖、バターと食材を広げる。
「ぼさっとしないで、キミはソレを着けて」
 一通り並べ終わると、額の汗を拭い、ヴァッシュはウルフウッドに指示をだす。
「あ、ああ」
 なんでこんなものを着けないといけないのか。
 納得いかない様子で、しかし、黒服の牧師は言われるままにフリルつきピンクのエプロンを身に着けた。
「誠意を示すには、手作りだよね」
 ホワイトデーのお返しの定番は、キャンデー、マシュマロ、クッキーなんだ。クッキーが作りやすいと思ってクッキーの材料を集めてきたよ。
「なに突っ立ってるの。キミが作るんだよ」
 ほら。ボクがちゃんと教えてあげるから。
 レシピはここ! 型抜きがいいかな。それとも搾り出し? アイスボックスクッキー? 手でちぎってワイルドさを出すのもいいよね。
 何がなにやらわからないまま、ヴァッシュの勢いに押され、ウルフウッドは宿屋の一角を借り切って、クッキー作りに精を出す。
甘い香りが辺りを漂う。
 まったく勝手の違うお菓子作りに格闘していたウルフウッドは、ようやく焼きあがったクッキーを前に、満足げな笑みを浮かべていた。
 チョコチップを混ぜたでこぼこのクッキー。
 搾り出しクッキー。その上にはちょこんとチェリーが乗っている。
 ココアとプレーンのマーブルクッキー。
 ミリィの笑顔をこんがりと美味しそうに焼きあがった型抜きクッキー。
 いくつかある炭化したクッキーはご愛嬌。
 いつの間にか消えてしまった相棒が何をしているのか、気づかないまま、黒服にピンクのエプロンの牧師は、達成感に浸っていた。



 後日、ミリィの元に一通の手紙が届いた。
 差出人不明の手紙には、いくつもの写真。

 鼻の頭にクッキーのタネをつけながら、ボールの中身を混ぜるウルフウッド。
 ピンクのひらひらエプロンを着け、満足げにクッキーを見下ろしている黒服の牧師。

 クッキー作りに奮闘するいくつもの牧師の写真に、ミリィの顔に笑みが広がった。
 少年のような目の輝きと笑顔。
 くったくのない笑顔がいつもの彼とは別人だった。
「ありがとうございます。ヴァッシュさん」
 箱の中の少し焦げたクッキーをつまんで呟いた。
 楽しい特典をつけるからね、と無邪気な笑みを浮かべたヴァッシュの顔を思い浮かべ、ミリィは彼が約束を守ってくれたことを知った。

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バレンタインデー企画の投稿作品第2弾。
あのチョコをどうしたのか? という鴉嬢の言葉と、
バレンタイン企画のきっかけだったエプロンを念頭に入れて書いていました。
私はこのカップリングが好きなのですよ〜。