注意!! こちらは第2部へちょっと足を突っ込んだショートを掲載しています。
先をお知りになりたくない方は読まないで下さい。
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ガラス越しの光景に神沼は愕然とした。
ICUの向こう側では慌しく行き来するナースたちの姿があった。
その中心におびただしい数の医療器具に囲まれ、横たわる少女の姿がある。
出入りする医者や看護士たちの向こう側で眠る少女の、 シーツから覗く腕にはいくつもの管がつけられていた。 その管はそのまま周囲の医療器具へと伸びている。
半月前の彼女とはまったくの別人だった。
長かったあの艶やかな黒髪は無残に切り裂かれ、今は肩に触れるか触れないかの長さになっていた。
運ばれて来た時よりは薄くなっているとはいえ、顔の周りはまだうっすらと青あざが残っている。
なによりも……開かない瞳。
真っ直ぐに前を見ていた意思の強い澄んだ眼差しが、今はない。
運ばれて来てしばらくの間は、開かれていたらしい。だがその時すでに彼女の魅力のひとつであった瞳の輝きは失われていたという。
にごったくもりガラスのような瞳。人形のようになんの感情も宿さず、瞬きさえせず、虚空を見ていた瞳。 何も映さず、何も見ず、見開かれたまま、さ迷わせることもしなかったという。
感情の宿らない瞳が、それでも絶望だけは伝えてくる。底のみえない闇のような瞳に、誰も直視することができなかった。
みな、彼女から視線を逸らす。
耐えられず、誰かがむりやりに瞼を閉じさせた。
神沼はそう聞いてた。
何があったのか、まったく判らなかった。
彼女がこんな状態にあることを知ったのは、つい最近のことだった。
神沼はつい最近まで絶対安静の状態だった。
三代目を庇い、銃弾を受け、担ぎ込まれた彼もまた、死の淵をさ迷っていたのだ。
関係者は一様にみな、重く口を閉ざす。
桂木も由暁も鳴神も、誰も事件の詳細を語ろうとはしない。
報告を受けたはずの殿も沈黙を守ったままだった。

シーツから覗く細い腕を凝視しながら思う。
彼女の腕はこんなにも細かったのかと。
力を入れてしまえば簡単に折れてしまうのではないかと思えるほどに細い腕だった。
細い伸びやかな腕。
その頼りないほどの細い腕で屈強な男たちを守ってきた女性。
小さな身体で自分たちを導いていた。
たった2本しかない腕で、華奢な身体で、1万人もの組員を、どうして支えきれよう。
どうして支えきれると錯覚をしてしまったのか。
なぜ、彼女の持つ強さが無限だと思い込んでしまったのだろう。
強気の姿勢の裏にある脆さに気づけなかった。
いや、気づいていながら、気づかないふりをした。
そのつけが回ってきたのかもしれない。
彼女がこうなった責は自分たちにもある。
彼女を追い詰めたのは、他でもない……。

『三代目……』
車椅子の肘掛を握り締めていた両手が力の入れすぎから白く変わる。
なぜ、あの時、引き止められなかったのだろうか。
予兆はあったのだ。
神沼の意識が戻ったあの日、彼女は一目でムリをしているとわかる笑顔で彼を見舞った。
己の軽率さをわび、自分を責めていたその姿が、痛々しかった。
あれは彼女の責ではなかった。
あれは……。
否定しようとした神沼に、彼女は杯を返上するよう命じた。
意図するところはわかっていた。
目の前で割られた杯。
割れたのは杯だけではなかったはずだ。
少女の瞳の奥にあった何かが一緒に崩れていった。
それはほんの小さな変化だった。神沼でないと気づけない変化だった。
ずっと傍で見守っていた自分だからこそ気づいた変化。
けれど、彼は翳りを見抜きながら、結局は何もできなかった。
自由にならない身体を抱え、神沼は少女の命令に従うしかなかった。
この結果を生んだ自分を責めながら、一方で役に立たなくなった彼を切り捨てる。
一見無情にも思える少女の行為は、しかし彼女の優しさから来るものだとわかっていた。
だからこそ、突然の破門にも神沼は頷かざる得なかった。それで彼女の気が済むのなら……。
けれど、それが間違いだったのだ。
何がなんでもあの日、少女を止めるべきだった。
悔やんでも悔やみきれない。

今はただ祈るしかなかった。
神など信じたことのなかった男が祈る。
どうか彼女を。
彼女の命をどうかお救い下さい。

少女の横顔を食い入るように見つめながら、神沼は一心に祈っていた。


読んでしまったんですか??あれま。
でもまだ何が起こっているのかわかりませんよね???ね??
勘のいい方は気づかれたかもしれませんが。
そうそう、第2部は朱蘭はこの通りずっと寝たまんまなので、 話はまりあ側と工藤組の面々に移ります。
ちなみにネタバレですが、第2部は鳴神さんは登場しません。(当分はね)
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