注意!! こちらは第2部へちょっと足を突っ込んだショートを掲載しています。
先をお知りになりたくない方は読まないで下さい。
ブラウザの「戻る」でお戻り下さい。




見覚えのある右上がりの筆跡に、まさみの目が大きく見開く。
ゆっくりした動作でハガキをひっくり返すと、
『私たち 結婚しました』
純白のウエディングドレスを着て微笑む瑞穂の姿があった。隣に並ぶのは、 彼女と同じく穏やかな微笑を浮かべる見知らぬ男性。
寄り添い微笑む2人はとても幸せそうだった。
この世の祝福を一身に受けたかのような笑みにつられ、まさみの顔にも笑顔が広がる。
「良かったな。瑞穂……」
自分は彼女を幸せには出来なかった。それどころか、悲しませてばかりいた気がする。


『私、プロポーズされたの』
結婚を前提とした交際を申し込まれた、と彼女は切り出した。
相手は先輩で上司だと言っていた。
『私、その人と一緒にやっていこうと思うの』
先に別れを切り出してくれた彼女。
笑顔だったのに泣き顔にみえたのは、涙さえ浮かべず泣いていた瞳のせいだった。

それに気づいたのはずっとあとのことだったけれど。


「結婚したんだってさ」
持っていたハガキを弄びながら、隣に目を向ける。
投げかけるような言葉に、しかし返ってくる声はない。
腰掛けるまさみの隣に横たわる女性。
生命の輝きに満ちたとび色の瞳は、長い睫毛の下に隠され、みることができない。
小麦色をしていた健康的な肌は、今では透き通るような白さになっていた。
細い腕から伸びるいくつもの管は、ベッドの周囲を囲んでいる医療器具に繋がっている。
やや艶やかさの欠けた黒髪が、女性を中心に四方に広がっていた。
「結婚したんだってさ」
眠る彼女に話し掛ける。
優しく語りかける口調は、少し湿っていた。
なっさけないなぁ。振られたんだろ? いい加減、ふっきろよ。
勝気なハスキーボイスが、ふと耳を掠める。
しかしそれはまさみの幻聴にすぎない。
なぜなら少女はあの日から眠り続けているのだから。
ぴくりとも動かない。
目覚めない眠り姫。
大切だと気づいた瞬間に、失ってしまった少女。
親友を取り戻しに行くと、自分の手をすり抜けた少女。
何が起こったのか、未だにわからない。
ただ判るのは、彼女が目覚めないということ。自分にあの強気で、傲慢な笑顔を向けてくれないということだけ。
上下関係をすべて無視した誰にも媚びない、誰にも従わない、自分だけの王だった少女は、 頑ななまでに心を閉ざしたまま、今もベッドに横たわる。
その喪失感に、何も手につかなかった。
そこまでしても自分の気持ちに気づけなかったまさみに、瑞穂は別れることで気づかせてくれた。

『別れよう』
そう言われても、なんの感情も浮かばなかった。
言われて、素直に頷いた自分に、瑞穂の顔が歪んだ。
泣くのだろうか。
ぼんやりとそう思っていたのを覚えている。
けれど、瑞穂は泣かなかった。
目を潤ませることもなかった。
今にも泣き出しそうに顔を歪めながら、それでも必死に唇に笑みを浮かべていた。
心が痛んだ。なぜ、こんな顔をさせてしまうのだろう。 自分がもたらすその表情に、しかしそれ以上の感情は抱けなかった。
そんなまさみにそれでも彼女は最後まで詰ることもしなかった。
好きだったけれど、以前のように愛しいとは思えなかった。
好きという感情そのものもなかったのかもしれない。
あの日から、感情を忘れてしまった。
たったひとりの女性 (ひと )に関すること以外は。
『まさみくんも幸せになってね』
私は幸せになるから。
消え入りそうな声で、震える声で紡がれたエールに、だからまさみは頷くことしかできなかった。


あれからどれくらいの時間が流れただろう。
あの日以来、まさみは瑞穂に会っていない。
番号も携帯電話のメモリーからいつの間にか消えていた。いつ消したのか覚えていない。
泣いているような笑顔の瑞穂を抱きしめることもできず、まさみは遠ざかる背中を黙って見送った。

幸せになったんだな。
写真の中の瑞穂は綺麗だった。
実物はもっと見惚れるほどに綺麗だっただろう。
見ている人まで幸せにしてくれるような笑顔は、 まさみが見つめていたあの日と同じものだった。いや、それ以上の笑顔だ。
良かった。
胸のつかえが降りたような気がした。
あの日から変わらずに抱えていた胸の奥のしこり。
陽射しに照らされ解けた雪のように、ゆっくりと溶けて消えていく。
今度、電話でもしてみようか。
懐かしい包み込む優しさを宿す君に。
「おめでとう」
その一言だけでも。
あの日、傷つけたまま行かせてしまった僕だけれど。
祝福の言葉を贈ることは許されるだろう。許されると思っていてもいいだろうか?
ただ、瑞穂には伝えたい。
君が教えてくれたから、僕は大切なものに気づいたのだと。
まだ光は見えないけれど、僕も元気でやっている。

眠り姫は目覚めないけれど、僕は幸せだから……。


ここに気づかれた貴方、お気の毒に。先を知ってしまいましたね。(笑)
まだ表もちゃんと進んでいないのに、裏でものすごいネタバレしてしまいましてすみません。(汗)
ただ、思いついたものですから……思いついたら書かないと忘れちゃいそうな気がして。
あっところでお帰りはブラウザの「戻る」で戻ってくださいね。