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昨今の青少年問題について考える 〜 自分の体験を通して 〜 |
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| 神原中学校教諭 石原 昌英 | |
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1.近ごろの少年非行・少年犯罪
( 1)少年非行・・・少年非行に至る一般的な素行@ 服装の乱れ(茶髪・ピアス等)、言葉遣いの乱れA 喫煙、深夜徘徊、家出、生徒間暴力(ケンカ)B 登校拒否、いじめ、金銭せびりC 自転車・バイク窃盗、無免許運転D 薬物乱用(ガスの吸引・シンナー吸引)
( 2)少年犯罪(なぜ、すぐキレるのか)◎新聞やTV、雑誌等で話題となっている少年犯罪の凶悪化
本土だけでなく沖縄でも凶悪な事件が起こっており、限度を知らないために悲惨な結果を招いたのだと思います。耐性がない、自分の意志をコントロールできないということが大きいと思います。社会の変化、家庭教育、学校教育の問題、様々な要因があると思います。
2.小中学校時代を振り返って
( 1)小学校低学年からの習い事 私は、小学校低学年から書道、そろばん塾、絵、剣道、学習塾など多くの習い事をさせられました。いずれも長続きせず、そろばん塾に行くといってはゲームセンターに行って友達と遊ぶ、そんな感じで、集中力がないというか飽きっぽいタイプの子どもでした。(2)小学校高学年での問題行動 小学校4年の時にいじめで校長室に呼ばれ、5年の時には授業がつまらないという理由でクラスメートを引き込んで授業ボイコット、6年の時に先生から強い指導を受けて、その時反抗して体罰を受け、その時は泣いていなかったのですが、職員室で先生とずっと話していて、先生の話を聞いて反省させられて泣いた、というのが今も印象に残っています。
( 3)中学校に入ってから中学に入学してサッカー部に入部したのですが、素行が悪くて先輩とのトラブルを起こし、やめてしまいました。その後は目標も失ってしまって、喫煙、家出などを繰り返していました。警察署に呼ばれるたびに母親が泣いていたのを今でも思い出します。親父にもたたかれるし、学校でもたたかれるし、おふくろは泣くし、今振り返ってみても複雑な気持ちになります。
( 4)中1の夏休みからそれからはどんどん悪くなる一方でした。一番悪かったのがシンナーに手を出したことです。今でも非常に後悔しています。「あなた本当に現職の教員か?」と言われそうですが、ここで全てバラしておきます。自分では絶対に吸わないと決めていて、最初2年上の先輩から「吸ってみー」と誘われたときにも「自分はいいよ、見張りしておくよ」と言って断ったんです。ところが、日が暮れていくにしたがって先輩がどんどん増えていって、その先輩たちにまた呼ばれて「エー石原、ヤーも吸ってみー」と言われて、断れずに吸ったのがきっかけです。一度吸ったらまた欲しくなるんです。当時の私はガリガリに痩せて、食欲もないし、同時に判断能力もなくなるわけです。自分さえ良ければいいという考えになって、非行を重ねて、中1の夏休み明けに生徒指導の先生から「石原君、このままではいけない」と言われて児童相談所で相談して1ヶ月入所することになりました。
( 5)シンナー・家出・ケンカ繰り返す。度々補導
(6)中3の時、後輩に暴行・恐喝 (7)家庭裁判所での審判(保護観察処分)
中学校時代を振り返ってみると、良くなりたい自分と遊びたい自分との葛藤がありました。その時に自分を良くしようという気持ちが強ければ、意志を強くもっていれば立ち直れたのではないかと思います。
3.立ち直ったきっかけ
( 1)沖縄水産高校へ入学(寮生活)@ 生活環境の変化(炊事・洗濯・部屋の掃除等、身 の回りのことは全て自分で) A 厳しい先輩/後輩(男の世界) B 小中学校時代の友達との疎遠 水産高校に入学してから立ち直るきっかけが多かったです。まず、生活環境の変化です。今まで家にいて三度の食事もあって寝るところもあるということで、非常に依存的に暮らしていて、「何やってもいいさ」という気持ちでいました。ところが、高校では寮生活ですから身の回りのことは全て自分でしなければならないわけです。沖縄水産の寮は男社会ですから、厳しい先輩後輩のつながりがあるわけです。その中でもA先輩との出会いが、立ち直る大きなきっかけとなりました。空手部の先輩だったんですが、しょっちゅう呼ばれて殴られていました。授業をさぼったときなど「何でこれくらいもわからんか!」と親みたいな感じで、非常に親身になって僕のことを考えてくれました。彼に呼ばれて基本的な生活習慣というかそういうことを直されて、だんだん変わっていきました。何かあるたびに先輩に喝を入れられて、生活環境の変化もありまして、部活動にも学校にも行くようになりました。学校に行くようになって定期テストも受けたんです。それまで良い点数を取ったことがなくて、通知票も1か2で3以上の評価をもらったことがなかったんですが、そのテストで80点以上の点数を取ったんです。その時、自分でも「やればできるじゃないか」と思いました。それから調子に乗って、勉強しました。恥ずかしい話なんですが、足し算引き算もあまり出来なくて、英語もABCからやりました。あの頃から、自我の芽生えというか「人には負けたくない」「今に見とけよー」という気持ちが強くなって、勉強すればできるという気持ちにもなっていましたので、一生懸命勉強しました。そして、1学期の通知票を見てみたら、なんと、「5」があるわけです。「うりひゃー、でーじなとぅさー」と喜び、僕でも5が取れるんだと感動したのを今でも覚えています。3年間の寮生活で、いろんな先輩、先生方との出会いで私は変わっていったんじゃないかなぁと思います。いろいろな家庭環境や非行の状況、性格などもあると思いますが、やっぱり人は誉められる、評価されるということは大人でも子どもでも、非常に精神的な自信につながるんですよね。だから、たくさん、いいところは誉めて認めてあげて「やればできるじゃないか」と言ってあげることが非常に大事なんじゃないかと思います。 なぜ教師になったかといいますと、高校3年の時にそれまでのことを振り返って、将来のことを考えたとき、ウーマクした経験をどうにか活かせないかなぁということで、少年院の先生になろうと決めました。ホーム教官という仕事なんですが、子どもたちと一緒に汗を流して、関わっていきたいという気持ちが強くありました。大学に入学してからも頭にはホーム教官のことばかり考えていて、ホーム教官になるためには教員免許を持っていた方が有利だということで、大学卒業後、免許を取るために琉大に通いました。勉強していますと同じ目的を持つグループが出来まして、そのグループの人たちに負けたくないという気持ちから、一日10時間勉強しました。そして教員採用試験に合格して現在、教育の現場にいます。
4.中学校での生徒指導の現状 問題行動に対して指導を行う場合に心がけていることは、居場所づくり、生徒に自己存在感を与える指導を心がけています。学級活動、部活動、学校行事などで出番を与えて、積極的に参加するように仕向けることで「あなたもみんなの一員なんだよ」と認めてあげることがとても大事だと思います。また、自然体験、生活体験の場づくりをするということです。ウーマクーの子どもたちは自然体験とか好きなものですから、一緒に離島にキャンプとか釣りとか行ったり、一緒に私の畑で野菜作りをしてスキンシップをすることによって、心を開いて私にいろいろなことを話してくるようになるんです。子どもたちと目線を一緒にして関わりを持つということが大事だと思います。
5.家庭で、地域で、学校でできること 家庭では、子どもと関わる時間を大切にして欲しい。共働きで忙しくても食事や遊びを通して話をして下さい。地域では、声掛けを心がけ、地域行事への参加の呼びかけをして欲しい。学校では問題行動を未然に防ぐことを意識し、積極的に生徒と関わることが重要だと思います。
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