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平成13年度社会教育研究大会
基調講演要約
「生きる力を培う開かれた教育」
講師:津留 健二 (県生涯学習審議会 会長)
国は、2001年を教育再生元年と位置づけ、去る6月の通常国会で教育関係の6つの法律が改正され、教育改革がどんどん進められています。そこで、今、何故、教育改革なのか、何故、生きる力なのかということを再確認する必要があるのではないかと思います。
今、求められる「生きる力」
1987年の臨教審の第四次答申の中に、今回の教育改革の視点が三つ上げられています。それをまとめると、画一化した教育の反省、ということだと思います。一番目は、一人ひとりの子どもたちを大事にする、個性重視の原則です。二番目は、生涯学習体系への移行、学歴社会から生涯学習社会への移行です。三番目は、社会の変化への対応です。その延長線上に今日の教育改革があるのです。原点を忘れて「これもやる、あれもやる」ということになると、とんでもない方向に教育が向かってしまうと思います。第15期中教審の第1次答申の中で、「生きる力」がこれからの教育のキーワードとして打ち出されました。そこでは、生きる力の要素を三つ定義しています。健康と体力、豊かな人間性、問題解決能力、この三つの要素が、生きる力の中身です。その中身をどのように子どもたちに身につけさせるのかということで、今、完全学校週五日制、新しい教育課程が本格的に展開され、それに、私たちがいかに対処していくかということが提起されているわけです。
沖縄版 「生きる力」
では、国が示した教育改革を沖縄県では、浦添市ではどう受け止めるか、ということです。本県の子どもたちの実態、あるいは地域の特性等を念頭に置いて、本県における生きる力とは何かということを考えなくてはいけないのです。レジュメの二番目に、沖縄版「生きる力」を三つ示してあります。一つ目は、自ら日常生活を点検できる力です。沖縄の子どもたちの長所と短所についての調査結果で、長所のベスト3は、明朗、素直、思いやりがある、一方、ワースト3は、けじめのある生活が出来ない、根気強さがない、一人勉強が苦手である、ということなんです。県内の学校要覧を見ると、「基本的生活習慣の確立」という言葉が大半の学校で努力目標に入ってるんです。そこで、基本的生活習慣の吟味を徹底的にやらないといけないと思うんです。先生方は基本的生活習慣についてよく知っていて、PTAの集まりなどで「基本的生活習慣をしっかり身につけさせて下さい」とよく言いますが、保護者の方の中には、良くわからない方も居られるわけです。だから、先生方だけで通用する言葉でなく、父母の方にもわかるようにするための吟味が必要だと思うんです。それが日常生活の点検につながっていくと思うんです。私は、基本的生活習慣の中身には二つあると思います。一つは対自然との関係で基本的に身につけておかなければいけないもの、生きていく上で欠かせないものです。例えば歯磨きは、口の中を清潔に保ち、歯を丈夫に保ち、物の咀しゃく、顎の力をつける上でとても大事で、身につけているかどうかで、高齢になった時の生きる力が違ってくると思うんです。そのようなことをしっかりと身につけさせる、それがひいては、私たちを取り巻く自然環境をどうしていくのかという発想にまで発展していくと思うんです。もう一つは対社会的な関係です。人間は社会的な動物ですから、社会的にしっかりと身につけなければならないものがあると思います。規範意識をしっかりと身につける、ルールを守る、時間を守る、約束を守るということは、社会生活を送る上でとても大事なことです。この二つのことをしっかりと身につけることが、自らの日常生活を「これでいいのか」と点検出来る力につながると思います。
以前、沖縄の子どもたちと寝食を共にした他県の先生に、沖縄の子どもたちについて聞いてみたことがあります。すると、「沖縄の子どもって明るくて素直でいいですね」って、褒めて下さったんです。ところがその後に「けじめがないですね。」と言われたんです。子どもたちが将来、沖縄という地域だけで生活するのであれば、それでいいのかもしれないけれども、これからはボーダレスの時代、日本はおろか世界に飛び出していくという時代です。自信を持って他の県や国で暮らしていくためには、しっかりしたものを身につけておかないといけないと痛切に感じたんです。就学前から、家庭の教育方針に従って、子どもたちにしっかりした日常生活が点検できる力を身につけさせる必要があると思います。
沖縄版「生きる力」の二つ目は、自ら学ぶ意欲と学ぶ力です。沖縄の子どもたちは学習の結果だけを重視する傾向があります。私は、結果を導き出すまでのプロセスを大事にすることが本当の学力じゃないかと思います。沖縄の生徒たちに「分からないことがあったら聞きなさい」と言うと、「これ何と読みますか」とか「これはどういう意味ですか」と答えを聞いてくる、他県の高校で同様に聞いてみると、「辞書を引いて調べてみたんですがわからないんです。どういうふうに解釈するのですか。」という形の質問が圧倒的なんです。どちらが学ぶ力がつくだろうか、私は後者だと思います。沖縄の子どもたちは一人勉強が苦手、やらされている学習なんですね。自ら学ぶようにするために、「わかった!」「できた!」という喜びを生活の中で体験させていかなくてはならないと思います。これまではどちらかといえば記憶中心の教育だったんです。これからは、問題解決の方法を学ぶことが中心です。子どもたちにやる気、学ぶ力をつけていくことが大切だと思います。最近、日本語を充分話せない子どもが目立ちます。その子たちが話している言葉だとか、生活の状況を見た時、言葉の教育というのはとても大事だなと思います。琉球大学のある先生に「どうしてちゃんとした日本語が話せなくなったのでしょう」と尋ねると、家庭教育に問題があるのでは、とおっしゃったんです。親が子供の欲求を先取りしているのではないかと。例えば子どもが「お母さん、お母さん」と話しかけてきた時に、すぐに「おなか空いてるの、おやつがあるから食べなさい。」と言ってしまい、子どもは言いたいことを最後まで言わなくても自分の欲求が満たされるわけです。最後までじっくり待って聞いてあげることが大事なのに、子どもに最後まで言わせずに先取りしてしまう、待てない大人に問題があるのではないかということを教えて頂きました。子どもが何に関心、興味を持っているかということは、子どもと話さないと分かりませんね。ところが、対話が少なくなって、取り調べになっているんです。子どもが友達と一緒に帰ってきた、その時のお母さんの第一声は「あの子は誰、どこの子、お母さんはどんな人」というふうに始まり、「宿題やった?、今日のテスト何点だった、宿題早くやりなさい」というような話しが延々と続くんです。子どもが親に気持ちを伝える場面が、ほんの僅かしかないんですね。学校でも多くの場合、子どもに求めるのは、タケカンムリの答えなんです。その答えには必ず評価が付きます。ところがもう一つの応え、応答の応の応えの場合は、評価はしないでそのまま受け入れるんですね。それがカウンセリングマインドと言われています。ある学者は、親はあまりしゃべらない方がいいと言っています。何か言いたい時には返事の「ああ」「いい」「う〜」「え〜」「お〜」とだけ言いなさいとおっしゃっているんです。そのような気持ちで子どもに接した時に、子どもの本当の気持ちが伝わってくるのではないかと思います。自ら学ぶ意欲、学ぶ力をつけることは、これからの生涯学習社会の基礎・基本になることです。それが生きていく上で大きな力になると思います。
沖縄版「生きる力」の三つ目は、自らの将来につながる力です。本県の子どもたちは根気強さがないと指摘されておりますが、そのようなものを払拭して、自分の将来に対して目的意識を持って、それに向かって根気強く努力していくということが求められているのだと思います。私たちは応援団なんです。子どもたちをいかにサポートするかです。この視点で考る時、本県の大きな問題は、年間千七百名程にもなる高校の中途退学者です。その理由を調べてみると、進路が間違っていた、高校の授業についていけない、それが大半の理由なんですね。自ら望んでその学校に入ってきていない子が案外いる、私たちはそれを不本意入学と呼んでいます。その子たちは入学の時点からすでに問題を抱えているのです。ですから進路指導をしっかりやらないといけないと思います。非常にきつい言葉で言うならば、進学指導や就職指導はあっても、進路指導はなされていないんじゃないかなと思うんです。それは学校教育に限ったことではなく、家庭教育にも問われていると思います。小さいときから子どもに選択する力をつけるような生活の場面をどんどん作っていくことが大切だと思います。分かれ道に立った時に、選択するための情報をどんどん提供しなければいけない、だけど、道を決めるのは本人ですね。本人が決めた道ですから、その結果については、自らが責任を持つ、そういう習慣を日常的につけていかなければならないと思います。本県の子どもたちは潜在的に凄い力を持っていると思います。私たちはそれを引き出す努力をしなければいけない。それが充分になされていないと、子どもたちがスタートラインに立つのが遅れるんです。将来を見据えて、早くスタートラインに立ったならば、もっとゆとりを持って人生を歩んでいけると思うんです。家庭の中で夢を語り、希望を語り、自己決定のファクターをどんどん作ってあげることが、将来につながる力になっていくと思うんです。
「生きる力」を培う家庭教育一頃のように家庭教育はこうあるべきだ、と一言で言えず、家庭生活そのものが多様化している、そのような中で、様々な課題があるんです。それから、子殺しや児童虐待など、親の方にも何か精神的な異常が出てきているのではないかと思うんです。これには単一の原因ではなく、複合的な原因があると思いますが、一つには子育てに自信を無くしていることが影響しているのではないかと思います。家庭の教育力が低下していると捉えている人が約7割いるんです。家庭の教育力が低下しているのに、来年からは完全学校週五日制で家庭に子どもを帰しますよと言っているわけです。家庭の教育力が低くなっているところに子どもを帰したらどうなるだろうか、という課題があるんですね。家庭教育に期待するものは一体何か、たくさん家庭教育に期待するものはあるのですが、私はいつも最低限これだけはやってほしい、やらなければならないと思っているものがあります。一つは健康と体力、家庭教育の中で健康作りが一番大切だと思います。具体的には、子どもの口を観察する、食生活を点検するということです。好き嫌いはないか、とか、あるいは欠食はしていないかですね。子どもの口にはいろんなものが入っていきます。普通の食品だけでなくて、アルコールが入ったり、ガスが入ったりという状況もあったりするわけですから、口を観察するということは大変重要なんです。最近食欲が無くなってきたなと感じたら、何かあったのかなとわかるわけです。出てくるものも重要です。言葉です。子どもの言葉遣いだとか、発達段階にあった語彙が健全なのかということを観察することが出来ると思います。二つ目は港作りです。家庭は子どもにとって港のようなものです。港は波静かでなくてはいけない、温かい雰囲気の人間関係が家庭になくてはならないということなんですね。最も大事なのはその生活環境が子どもにどう受け止められているかということ、これが大事だと思います。私はこれを主観的な教育環境、子どもの成長にとってとても大事ではないかと思います。三つ目は未来作りです。人生は筋書きのないドラマだと思います。その主役をどんなふうに演じていくのかの基礎基本になるのは、人生最初の二十年にあると思います。この間に身につけたことがそのあとの人生に大きな影響を与えると思うんです。未来につながる力を子どもたちに培っていくために大事なのは、出会いの場をどんどん作っていくことではないかなと思います。自然との出会い、人との出会い、文化との出会い、そういう出会いを家庭教育の中でどんどん作っていくことが求められているのだと思います。イチローが本当に素晴らしい活躍をしましたね。ところでイチローはどんな出会いで目覚めたのだろう。その出会いはオリックスにいたときに障害を持っている子どもたちの施設を訪問した時だそうです。施設訪問の後、イチローが「このユニフォームが着れることをもっと真剣に考えなくてはいけない、頑張ろうじゃないか」と言い、それから彼の練習の仕方が変わったというのです。そういう出会いを子どもたちが出来るかどうかですよ。ところが、家庭には色々あって、そういうことをやろうと思っても出来ない家庭もあるわけです。そこで、地域社会の支援、行政のサポートといったものが必要になってくるし、家庭教育、社会教育、学校教育が連携していく必要性もそこから生まれてくるのではないかと思います。お互いに力を貸しあって連携する中で子どもたちを育てていこうというのが学校週五日制であって、これからの開かれた教育ではないかなと思います。
子どもに接する基本姿勢教育には変わっていけないものがあります。それが、その、子どもに接する基本姿勢なんです。私は三つ考えております。一つ目は、この子はこの世でただひとり、命はたった一つしかないですよ、ということを忘れたら教育は出来ない。忘れがちなんです。二つ目には、子どもの無限の可能性、子どもたちが持っている可能性は無限だ、ということを信じない限り、教育は出来ない。三番目には、人は皆不完全な存在ということです。子どもに教えられることがあって当たり前、不完全な部分が私にもあるんだ、というような心のゆとりを持たないと、教育は出来ないのではないかと思います。家庭教育でも学校教育においても、子どもと一緒に伸びる、共に育つという姿勢が大切だと思います。