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少年は顔をあげた。
こげ茶色のくせのある髪が、傾いた日の光を柔らかく反射している。
畑に実った春小麦の収穫に精を出す少年の肌は健康的な肌色。
こげ茶色の髪が縁取る輪郭の中の、意思の強さを表す空色の瞳が、上空を飛ぶ鳥を見上げた。
柔らかな声が聴こえた気がした。
「どうした。アル」
手を止め、鳥を見つめる少年に、村人のひとりが怪訝な顔で問いかける。
「ううん。なんでもない」
慌ててかぶりを振って少年は仕事に戻った。
早足で通り過ぎる命の季節の実りを、少年は慎重に刈り取っていく。
一粒だとて無駄にできない。自然の厳しいこの北の大陸では実る作物も少ないからだ。
食物を植える時期も育つ時期もほんの僅かな期間だ。
小さな公国の後継者のひとりとして生まれついた少年も、この時期は村の者たちとともに汗を流す。
国といっても規模はとても小さい。人口が500人ほど。村といってもいいほどこじんまりとした国だった。 国中が顔見知りだといっても言い過ぎではないほどの小国。それでも国であることには変わりはなく、 少年の公子としての身分もそれなりに重いものである。
公国中総出で行われる収穫は公子である彼にとっても大事な仕事の一つだった。
たわわに実る黒小麦を刈り取りながら、少年は大地へ感謝の祈りを捧げる。
今年も豊作だった。ありがたいことにここ数年、この状態が続いている。
蓄えも少しずつ増え、国中で笑顔が増えた。
「今年も安心して冬が越せるな」
まだ冬は先のことだというのに、男は心底ほっとした表情を浮かべる。 そして額に浮かべた大粒の汗を拭い、さぁ、もうひと踏ん張りだ、と仕事へと戻っていった。
土と汗にまみれた男の笑顔と、手の中の穀物と。
交互に見つめ、アルは笑った。太陽が大地を照らすような笑みだった。
相変わらず、大きな鳥が何かの模様を描くように旋回を繰り返している。
まるで何かを伝えようとするかのようだった。


収穫祭の夜。
少年は告げられる。
身体に刻まれた不思議な刻印の意味を。
小さな小さな、温かな生まれ故郷から、いつかは旅立たなければならないことを。


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