天使のいたずら

エピローグ


  天使の束縛から解放された亮平と、2人の少女が駆けて行く。3人の姿を見送る天使の顔は、泣いているようにも見える笑みを浮かべていた。
 「まったく。こうでもしないと2人ともお互いの気持ちに気づかないんだから」
  呟くナスティーの声には、幼い約束を交わした少年を逃した悔しさなど微塵も感じられない。滲むのは2人に対する呆れと、そして祝福。
 「10年間も……呆れたわ」
  囁くような天使の瞳には、浮かぶはずのない涙。しかし彼女は気づかない。哀しげに空を仰ぐと独り言ちる。
 「やだ。雨……。結界張っているのに……」
  言葉とともに抑えていた涙が頬を伝った。
 「いやだ。涙? そんなはずは……」
  嗚咽の間から言葉が洩れる。
 「未練だわ」
  頬を流れる涙を拭う。
  ふと自分以外の気配を感じてナスティーは俯いていた顔をあげた。
 「あ……サーフェ」
  金の髪に金の瞳を持つ青年の姿を認め、彼女はほぅーと息をついた。
 「サーフェ、ではないでしょう? おやおや? 未練ですか? 涙など流して。貴女の涙、初めてみました。 ずいぶん可愛らしくなったものだ」
  茶目っ気たっぷりの笑顔で、青年は涙を流す少女に語りかける。
  変わらない青年の態度に安堵しながら、ナスティーは秘めていた心の内をこぼし始める。
 「ただのイタズラのつもりだったの。そのつもりだった……。私を忘れていた彼を懲らしめてやろうって。 上手くいったらあの2人をくっつけてあげられるかなって……10年も眺めててじれったくなって仕掛けたのに……でも……」
  こんなに好きだったなんて……。
 「名前を呼ばれるまで気づかなかった……」
  再びポロポロと大粒の涙を流す少女を、ふわりと優しく包んで、青年は一言告げる。
 「大丈夫です。貴女には私がいます」
  ナスティーの涙を柔らかな布でそっと拭いながらサーフェは続ける。
 「私はずっと貴女の傍にいます。だから安心なさい。さぁ、もう帰りましょう。長老も皆も貴女のことを心配していますよ」
  羽毛で包むような優しい優しい声に、静かに泣き続けていた少女が頷く。
  青年は少女を引き寄せて抱きしめる。
  瞬間、2人の姿が空間から消える。
  一筋の光の軌跡と数枚の羽を残して。


  名前を呼んでくれて……ありがとう。お幸せに……。
  亮平の頬を撫でるように風が通り過ぎていく。
  囁くような柔らかな言葉を、亮平は聴いたような気がした。

FIN

  
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