一陽来復
──かけ──


5


 太陽が重なる家々の彼方に隠れ始めた頃。
 一台のタクシーが朱色に染まった光を反射させながら、閑静な住宅街を駆け抜けていく。減速もせず に時折すれ違う乗用車を器用に避けるその姿は、刃のような鋭さを思わせた。幾度も角を曲がり、住 宅街のはずれに建てられた屋敷の前に出、タクシーは唐突にその動きを止める。小さな木戸の前。
 車から降りた人物は開いた扉から外に飛び出した。流れるような黒髪が夕日を散らす。剣呑な光を帯 びた両の瞳は、黒く変色した年代物の扉の向こうに向けられていた。
「ありがとうございました。すみませんでした」
 続いて小柄な少女が運転手に丁寧に頭を下げ、車から降りた。
「ちょっと、朱蘭」
 乗客を降ろし、逃げるように走り去っていくタクシーを見送って、まりあは隣に並ぶ親友へと剣のあ る眼差しを向けた。
「あの態度はないんじゃないの。せっかく乗せてもらったのに」
「ちんたら走っているあのオヤジが悪いんだろ。おれは急いでたんだ」
「安全運転のなにが悪いのよ」
 なにも脅さなくたっていいじゃないの。
 制限速度を守っていた運転手に対し、あろうことかナイフを喉もとに突きつけるという暴挙に及んだ 友人を、まりあは睨みつける。
「うるさいな。それよりなんでまりあがついて来るんだよ」
「約束破った理由が本当かどうか確かめる権利はあるはずでしょう?」
 文句ある?
 挑戦的な眼差しを向ける親友に、ああそう、と不機嫌な答えを返して、朱蘭は潜り戸を押し開いた。
「お帰りなさいやし」
 屋敷内に足を踏み入れたとたん、年若い男の声が降ってくる。 顔を上げると見覚えのない青年が立っていた。新入りなのだろうか。 青年は庭ぼうきを抱え、いかつい顔に笑みを張りつかせている。彼の慣れない笑顔は人の心を和ませる どころか恐怖しか誘わない代物だった。
 まりあは思わず引き返しかけたが、朱蘭は気にする風もなく、無表情で青年を見上げている。
「くそ親父は?」
 剣山のように尖った目を青年に向け、冷ややかな口調で朱蘭が切り返すと、彼は瞬間的に笑みを凍り つかせた。眼差しは彼女の顔色を窺っているようにもみえる。
「いるんだな?」
 親友が青年の動揺を無視して確認の問いを放つと、相手は強張った表情のまま目だけで頷いた。
 朱蘭は青年の脇をすり抜け、足下の砂利を踏み砕く勢いで歩く。慌ててまりあも彼女に続いた。
 すれ違う男たちはみな一様に直立不動の姿勢のまま、通り過ぎる少女を目だけで追いかける。近寄る 者も、声をかける者もいない。
 両脇に竹林が続く砂利道を抜け、広い庭へと出る。目前に広がった池を左手に眺め、屋敷へと向かう 背中を追いかけるまりあの背後から突如声があがった。
「遅かったな」
 太く低いその声に、朱蘭の肩がぴくりと反応した。振り向いた額に青筋が幾本も浮かび上がる。それ らがすべて大きく波打った。
 まりあも声の方向に振り返る。その先ではすっかり寛いでいる中年男性の姿があった。 蓮池の上に建てられた茶室らしい部屋で、茶菓子片手にのんきに茶をすすっている。 ピリピリとした空気の中、彼の周りの雰囲気だけはほのぼのとしていた。
 なに?
 あまりに場にそぐわない雰囲気に目が点になる。まじまじと男を見つめるまりあとは対照的に、朱蘭 はその肩を小刻みに震わせていた。
「おーやーじー」
 特大の怒りが込められた唸り声に、はっとなる。しかし怒りの矛先を向けられた男は平然と構えてい た。そればかりか、唇を尖らせるように不満そうな表情を作ると、親友を挑発するような言葉を吐き出 す。
「もう少し倒してもらえるとありがたかったがな」
 少しも悪びれた様子もみせない父親に(朱蘭がおやじと呼ぶからそうなのだろう)、彼女の血管すべ てが派手な音を立てて切れた気がした。
「しゅらん……?」
 恐る恐る覗き込んだ唇が呪詛めいた言葉を刻む。
 こんな奴の道楽のために!
「あんたのせいで……あんたのせいで……」
 朱蘭の血走った目が男を睨み据える。震える拳を握り締めた親友に本気の気配を嗅ぎとって、まりあ は彼女から離れた。夜叉のようなその横顔。
 少女の周りを包む真っ赤に燃えた炎の幻影が見えるようだった。それほどに彼女の怒りは凄まじく、 まりあに恐怖を植え付ける。
 無意識に後退る。足下の砂利がやけにうるさく響いた。
 四、五歩ほど親友から離れただろうか。もう少し距離を稼がないと、と思った瞬間に背中が何かに当 たった。同時に肩が何者かに捕まえられる。
 ビクリと全身を震わせ、恐る恐る背後を見やったまりあの視線の先には、見慣れた男の顔があった。 一瞬にして頬の筋肉が緩む。
「神沼さん」
 安堵の息を吐き出した先で、いかつい顔の30代後半の男が人好きのする笑みを浮かべていた。 ボディーガードのように四六時中親友に張りついているので、まりあには馴染みが深い。 強面にもかかわらず笑うとどこか人を安心させる雰囲気を醸し出すこの男は、朱蘭の最も信頼している 人物であった。その彼は何もいわずにまりあの肩を叩くと、大きな樹の方向へと促す。被害を被らない 程度に離れた距離にある一時避難場所へ。
 近づくと樹の下にはちゃっかり折りたたみ式の椅子が2脚用意されていた。 そればかりか風避けの幕、見間違いでなければ茶器の類も揃っている。
「これって……」
 困惑顔のまま、頭2つ分高い男を見上げた。神沼は浮かべた笑みを苦笑に変えて、 まりあに椅子を勧めた。
 戸惑いながらも用意された椅子の一方に腰かける。同時に背後から双眼鏡が手渡された。
 これはどう見ても避難より見物、よね。
 反射的に受け取って、まじまじと掌に収まる黒い塊を見つめた。
 あまりの用意周到さにさっきまでの恐怖が潮を引くように消えていく。それにしてもこののほほんと した空気はなんなのだろう。これでいいのだろうか。
 見上げると神沼と目が合った。考えが表情に出ていたのか、彼は読んだように答えをくれた。
「代行の命令です。きっとまりあお嬢さんもお見えになるだろうからと」
 言われて辺りを見回した。けれどその人物はどこを探しても見当たらない。
「鳴神さんは?」
 尋ねる声とかすれた怒声が重なった。
 手にした双眼鏡を親友に向ける。
 平然と構えている父親の姿に、朱蘭の瞬間湯沸し器と化した頭から湯気が立ち昇っていた。 最初は小さく徐々に大きく、物騒な言葉が吐き出される。
「このくそ親父! ぶっ殺してやる!」
 敷地内を駆け抜ける大声をあげ、標的めがけて駆け出す。
「やれるものならやってみろ」
 挑発的な言葉を発し、父親は少女によく似た眼光鋭い双眸を細めた。
 短い橋を数歩で飛び越え、朱蘭は一直線に今回の元凶に躍りかかった。弾丸そのものの勢いで、怒り をこめた一発が男の顔面に放たれようとしていた。日本人離れした鷲鼻を砕く感触がこちらまで伝わり そうな勢い。見ていられなくなり、思わず目を瞑った。
 しかしいつまで待っても呻き声も何も聞こえない。恐る恐る時間をかけて閉じた瞼を押し開く。 再び覗き込んだレンズの向こうでは予想を裏切る結果が待っていた。
 父親の顔面に拳を叩きつける代わりに朱蘭自身の腕の自由がきかなくなっていた。 次の瞬間にはレンズの中になにか物体が飛び込んでくる。瞬きする間にそれもなくなり、代わりに朱蘭 のもう一方の腕も封じられているのがみえた。
 拡大させた視界では、何が起こったのかさっぱりわからなかった。判るのは親友の手が動きを封じら れているということだけ。それも正面にいる父親ではなく別の方向から伸びた腕によって、である。
 ん?
 突然現れ、親友の腕を掴んだ腕を辿って双眼鏡を動かしていく。
 伸びた手は両者の間に割って入った人物に繋がっていた。父親の脇に控えていたその人物は、片膝を ついた姿勢で朱蘭を見上げている。ふすまの陰に隠れていたため、彼女からは死角になっていたようだ った。
「邪魔すんなよ。鳴神」
 相手をねめつけて唸る朱蘭の声が風に乗って聞こえた。対して鳴神は困ったように軽く頭を傾けてい る。
「そのつもりはなかったのですが」
 レンズの向こうの唇が言葉を紡ぐ。
 どんな時でも崩れることのない笑顔を浮かべ、鳴神は横目で主たる男を見やっている。
「役立たずどもの責任を取るのは当然だろう」
 皿に残った最後のひとかけらを口に放り込むと、視線を向けられた男は右腕たる人物を見下ろす。
「そうきますか」
 朱蘭の両腕を掴んだまま放さずに呆れた調子で鳴神が答えたようだった。
「お前が最後のひとりだ。責任を取って相手しろ」
「結局どっちに転んでも、私の出番はあったというわけですか」
 ほとんど読唇術状態で2人の男の会話を読み取って、まりあは眉根を寄せた。 さっぱり意味がわからない。
 親友の眉間にも、しわがよっていた。同じく話の先がみえないのだろう。
「その前に、いままでの行動のわけ理由はきかないんですか?」
 苦笑の形に唇を歪め、鳴神が父親に問いかけた。
 彼の問いかけに考える素振りを見せ、父親は娘の顔に視線を動かす。
 鳴神の言葉の内容に引っかかりを覚えたらしい朱蘭が眉間のしわを深くする。
 もしかして……。
 そう思っていることが手にとるように判るその表情。
「理由きくためだけにこんなことしたのか?」
 口元がわななくのが見える。風が怒りに震える声を運んできた。
 「当たり前だろう」と即答する声がかすかに耳に届いた。
 あまりのことに絶句しているらしい朱蘭に、父親が眼差しだけで答えを催促している。 その好奇心に満ちた眼差しが、親友の神経を逆なですることをわかっているのだろうか。
 判っているのかもしれない。彼女の父親なのだから。
 その能天気さに怒りのレベルが限界を突き抜けたらしい。ゆらゆらと湯気が朱蘭を中心に渦巻く。 彼女の向こうに蜃気楼が見える気がした。

『せっかく心込めて作ったものを無駄にしたのは朱蘭でしょ。これくらいは当然だわ』
 提示した内容を全身で拒絶した朱蘭の鼻先に、まりあは人差し指を突きつけた。
『観念しなさい』
 譲歩を求めて試みた親友の最後の抵抗さえまりあはまったく無視した。
『あと3ヶ月はちゃんと登校すること! わかったわね!』
 それまでケーキはおあずけ!

 きっぱりと言い放った自身の台詞が唐突に蘇る。
 言わなきゃ良かったかもしれない。
「許さない」
 叫んだ内容からして、きっと親友も同じこと思い出していたのだろうと確信する。
 強く頭を振り叫ぶ朱蘭を見やって、まりあは少しばかり後悔していた。
「覚悟しやがれ」
 宣言する朱蘭に、父親は顔をしかめ、鳴神に視線を転じた。
「言う気はないようだ」
 だから相手しろ。
 唇が刻む台詞にますます親友への同情が募った。
 鳴神は主人とその娘を交互に見やって、肩をすくめている。
「仕方ないですね」
 本当に仕方がないと言った様子で朱蘭の腕を掴んだまま立ち上がる。 ほんの少し申し訳なさそうな表情を浮かべたあと、鳴神の攻撃はいきなり始まった。
 親友の腹部に何かが走った。 何が起こったのか確認する間もなく、彼女は橋の手前まで飛ばされていた。
 地面をいくらか擦って止まる。身体をくの字に曲げ、ゴホゴホと咳き込んでいる。横向きになって地 面に何かを吐き出した。親友の口元周辺の地面が黒く染みになっていく。
「神沼さん!」
「大丈夫です。胃液を吐いただけです」
 血を吐いたのだと思った。口の中が切れたのか、または内臓でもやられたのだと。
 悲鳴をあげて椅子から立ち上がったまりあに、神沼が状況を完結に説明する。
 揺れたカップから琥珀色の液体が零れる。冷めた液体がテーブルを汚したが、気づく余裕すらなかっ た。目が親友と彼女の後見人たる男性の動きに釘づけになる。
 少女の怒りの鉄拳は軽くかわされ、容赦のない蹴りが彼女の頭上に振り下ろされる。右に左に転がり 間一髪で避けるが、態勢を立て直す余裕すらない。
 いつもならば、これくらいの攻撃で余裕がなくなるような朱蘭ではなかった。だが今日は百人近い人 間を相手にしまくったと聞いている。おまけにあらゆる手を使って追っ手を撒きつつ学校に向かってい たらしい。今の彼女の身体はすでに限界を超えているはずだった。それなのに、鳴神は手加減すらもし ようとしていない。
 まりあの視線の先で地面に伏した朱蘭の拳が弱々しく握り締められた。その背中に影が近づく。1、 2秒置いて親友の右手が動いた。握り締めた拳の中に砂を隠し持っていたらしい。が、中身をぶちまけ る前に腕が掴まえられ、静かに地面に零れ落ちる。
 まりあの左手がきつく握り締められる。反撃さえも満足に出来ないことがただただ悔しかった。自分 のことにように……。
 レンズの向こうに親友に近づく鳴神の姿。朱蘭の背に接近したその唇が、なにか囁いたように見えた。 が、内容まではわからない。ただ痛みに歪んだ親友の顔が途端に疑問符で埋め尽くされたところをみる と、かなり意外な内容なのだろう。
 首をねじ曲げ勝者に目を向けた朱蘭の黒髪の向こうで、にんまりと微笑む鳴神の顔。
 こちらからは表情の見えない親友と、若頭代行たる男は二言三言、言葉を交わしていた。集中して鳴 神の唇の動きを追っても、早すぎて結局話の内容は掴めない。ただなんとなく勝負がついたのだという ことは理解できた。
 相変わらず茶を啜り、のんびり傍観者を決め込んでいた主人を、鳴神は振り返る。
「三代目は負けを認めました。今度は貴方の番ですよ、殿。私は100人目の相手ですが、勝ってしまい ましたので賭けは私の勝ちです。したがって、殿が受けて下さいね。三代目の鉄拳」
 かけ? 100人目?
「どういうことなんですか?」
 隣の男に目を向けると、彼は肩をすくめて申し訳なさそうに一言。「そういうことなんです」と説明 にもならない言葉を返した。
「裏切ったな」
「とんでもない。私はきちんと役目を果たしました」
 状況を整理しようとしたまりあの耳に、父親の恨みがましい声が耳に届いた。 人を食った笑みを浮かべ、主人に応酬する鳴神が朱蘭に手を差し伸べている。 その手をとって親友はゆっくりと身体を起こした。
「まだ日は暮れてない。誰か相手しろ」
「ここまできて往生際が悪いですよ。殿」
 呆れ返った懐刀の言葉に、父親の顔が悔しげに歪められる。加勢を期待して向けられた先には、態度 を決めかね立ち尽くす若い衆の姿。しかし殿の期待とは裏腹に誰もその場を動こうとはしない。同時に 向けられた朱蘭の視線にその場に縫い止められ、喉を上下させるだけである。
「情けない」
 視線を一周させ、吐き捨てるように呟く。この期に及んでも自分が相手をする気はないらしい。
 まりあは知らず深い溜息を吐き出す。
 数分前に宿った後悔の念が大きくなりそうだった。
「こういう人なんです。子どもでしょう?」
 苦笑気味に神沼がまりあに問いかける。彼は主人の言動に自分が呆れているのだと思ったようだった。
 この子にしてこの親アリとは思うけどね。
「私に同意を求められても困るんですけど……」
 困惑顔を隣の男に向けると、彼は「そうですね」と短く刈った頭を掻いた。
「ただ、朱蘭がかわいそうだなってちょっと思います」
「三代目が?」
「カケの対象にされていたんですよね」
「そうです」
「もしかして……学校を真面目に行っていたことに、関係ありますか?」
 父親と鳴神の会話とこの状況を整理して導き出した答えを、まりあは口にする。
「はい」
 短く返答し、神沼はなんともいえない表情を浮かべた。
「何も話さず、突然連絡も一切絶たれたものですから、気になったようで」
 父親ですから、娘の身に何か起こったのかと気が気じゃなかったのだと思います。
 フォローしているつもりなのだろうが、今の状況は果たして娘を心配している父親の姿なのだろうか。 いや、もしかしたらこれが心配している姿なのかもしれない。
 だからってここまでする? でも……この親子に常識は通用しないのかも。
 ぐるぐると巡る思いを消化しきれないまま、まりあは正直な感想を洩らした。
「朱蘭がきっと中途半端に隠して、興味を引くようなことをしたのが悪いとは思うんですけど、 でもやっぱりあの子が気の毒です」
 多分、あまりの嬉しさに態度に出していたのだと思う。 あの子は思っていることが表情に出てしまう性格だから。
 何かを企んでいる顔をしながら誰にもいわずに秘密にしていたら、どんな人でもやっぱり気になるだ ろう。
 でもやっぱりこれはちょっとやりすぎなのではないかと思った。聞き出すにも他に方法はあっただ ろうし……。これではあまりにも朱蘭が気の毒すぎる。
「やっぱりあげた方がいいのかな」
 小さく呟いたまりあに、え? と神沼が尋ねるような表情をする。
 肩をすくめ、まりあは簡単に説明することにした。
「最近なかなか朱蘭が来なかったから、約束したんです。一週間登校できたら、ご褒美あげるよって」
 でも……。
 続けて出た声が自然、小さなものになる。
「まさかこんなことになっているとは思わなかったから……」
「あげてないんですか?」
 驚いた表情の神沼に、まりあの後悔がどんどんと膨らんでいく。
 どうしてです? 今日も登校出来たと伺ってますが。
 きっと情報はあの親父さんからなのだろう。
 神沼の言葉に「辛うじてね」と胸の中だけで呟く。
「あの子、私の条件に自分からひとつ足したんですよ。全授業出席っていう」
「なるほど」
「条件満たしていないんですから、約束は無効でしょう?」
 なんで自分がこんなに居心地が悪くならなきゃいけないのか。
 言い訳めいた説明を重ねながら、まりあは思った。
「でも、今の状況みていたら、おあずけもかわいそうな気がして……」
 今度は神沼が心底すまなさそうな顔をする。
「そうですか。すみませんでした」
「神沼さんが謝ることではないと思います。謝って欲しい相手はたぶんあの人だと思いますし、本人も そのつもりみたいですから」
 視線を対峙している親友とその父親に向けた。
 味方はもういないと悟ったのか、観念したように浮かしかけた腰を座布団の上に再び落とす父親。 背中しか見えないけれど、鳴神に身体を支えられ、全身から怒りの炎を噴出す親友。
 茶々を入れられた礼はきっちり返すことができるらしい親友の姿を見やって、まりあは隣の神沼に目 を戻した。
「やっぱり、あげることにします」
「そうですか」
 三代目も喜びます。
「キッチンをお借りしていいですか?」
 あと、材料も……。
「いいですよ。ご案内いたします。で、何を作られるんです?」
「ケーキです」
 入れなおされた琥珀色の液体を口に運び、まりあはにっこりと笑んだ。
 促され、立ち上がった背の向こうで、鈍い音が響いた。


TOPへ戻る 小説TOPへ戻る 戻る 次へ