鏡越しに流れていく青年の姿をほっとした表情で見送って、少女はようやく息をつく。 風になびく黒髪を抑えながら、窓にへばり付き、彼女は無言のまま 初秋の和らいだ陽射しに照らされた街角に目を向けていた。 その少女の後姿をちらりと眺めやり、男─鳴神源也─もまた、言葉を発することなく、車を走らせる。 「おじさんってさ、甘いもの好き?」 しばらく外を眺めていた少女がふいに運転席を振り返った。 流れる景色も見飽きた様子で、唐突に男に話題を振る。 脈絡のない言葉に、一瞬、言葉を詰まらせたが、鳴神は一度少女に目を向けてから頷いた。 「嫌いではないですね」 「じゃあそこ、右に曲がって、ちょっと行ったら停まってくれるとありがたいんだけど」 何かあるんですか? 問いかける彼の言葉に答えずに、少女は言いたいことだけを言い、勝手にナビゲートを始める。 ウィンカーを出す鳴神の、唇を中心とした表情には苦笑がにじみ出ていた。 いつの間にやら彼女のペースである。 ゴーイングマイウェイな少女は、真剣な目を進行方向に向け、慎重に男に対し指示を投げる。 「ストップ。ここ、ここで停めて! ちょっと待ってて……」 鳴神が頷くより早く、後部座席に振り返ってカバンを取り上げ、中から何かを取り出すと、 ドアに手をかけ、まだ停まらない車から飛び出していく。 が、飛び降り走ったと思った矢先、数歩もしないうちに少女は引き返して来た。 「何か?」 「何味が好き?」 停車した車の窓に首を突っ込み、助手席に手をついて、少女は再び鳴神の顔に接近する。 「は?」 「だからなに味が好きかって聞いてんだ」 意味がわからず問い返した男に、はねっかえりな少女は、同じ質問を繰り返す。 どうやら詳しく説明する気はないらしい。 「バニラで」 甘いもの、味、と、彼女越しに見える店の雰囲気から推測して、彼は無難な答えを返した。 「バニラね。ばにら。判った」 確認し、頷いて、今度こそ少女は目的の店へと消えていく。 その背中を見送り、鳴神はダッシュボードを開け、タバコへと手を伸ばした。が、寸前で思いとどまる。 まだ 監視されていることはないはずだが、彼はタバコを取らずにダッシュボードを閉めた。律儀なことである。 暇を持て余すように、ウィンカーの規則正しい音に合わせ、ハンドルに置いた指がリズムを刻む。 少女の消えた辺りに目を戻すと、ちょうど歩道に姿が見えたところだった。 パタパタと慌しく戻ってくる少女の両手には予想通り、アイスクリームが握られている。 左手にシングルのバニラアイス、右手にチョコとストロベリーのダブルアイス。 少女は器用に口に財布らしきものをくわえ、笑顔で帰ってくる。 鳴神はシートベルトを外し、助手席に身を乗り出して、ドアを開けてやる。 ほいっと差し出されたシングルのバニラアイスを受け取ると、少女は口にくわえていた財布を吐き出した。 「ここのアイスは美味しいって聞いたからさ」 おれに付き合ってくれているお礼。 にっこり笑顔で差し出されたアイスをひと舐めしてみる。なるほど美味だった。 口内にふわりと牛乳のまろやかな香りが広がる。 「次はどちらへ?」 もう一口舐め、鳴神が少女を振り返る。それを受けてしばらく唸ったあと、少女は行き先を告げた。 「ドライブしながら食べるのもいいけど……海が見えるとこ行こ」 場所は任せる。 運転を再開した男から、アイスを引き取って、「出発進行〜」と少女が高らかに宣言する。 彼女の言葉に合わせるように、車は滑るように次へ向けて走り出した。 |