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沖縄の オンリーワン企業 1999年企画出版 ボーダーインク |
寝ていた8千人の顧客名簿を活かし地元客増に
沖縄の古都・首里城近くに、紅型(びんがた)工房・首里琉染(しゅりりゅうせん)があります。創業は1973年で創業者は日本有数の染色家・山岡古都氏。山岡氏は沖縄の染色技術を高めた方でした。山岡氏が他界し、店舗を引き継いだのが山岡氏の娘である大城裕美さん。私が指導する前は、顧客の9割は観光客で地元客は1割で圧倒的に観光客が行く店でした。紅型の反物は単価が高く観光客の集客が安定していないので結果として売上も安定していない状況でした。
首里城には毎日多くの観光客がくるのですが、店舗前を多くのレンタカー観光客が素通りしていきます。首里城にパンフレットなどを置くなど店舗アピールし、誘客を図りたいがその方法を教えてほしい」と、大城さんから相談がありました。2007年の事です。
購買客の9割以上が観光客であるので、観光客をどのように誘客するのか考えるのは当然のことです。マーケティングでは伸びているところを伸ばすのが鉄則。
しかし、観光客への対策について何度か検討していたのですが、観光客の集客を増やしていく前にやるべきことがあると考えるようになったのです。首里琉染の歴史、山岡古都氏の業績、付加価値の高い和服などの商品。目の肥えたお得意客。総合的に考えた時に、観光客を引きこむとかではなく、格式があり風格のある老舗というスタンスでどっしり構えてお客さんとの関係を強くすることがベストだと判断しました。
「お客様にはどのようにアプローチしていますか?」と私が聞くと、「時々、思いついた時に電話しますが……」と大城さんが答えに詰まりました。
「えっ、それはダメですね。もったいない。ところで、顧客名簿はどう管理していますか?」と質問を重ねると、「あることはありますが、バラバラで管理されていません」と何やら申し訳なさそうに答えました。
「名簿をトータルするとどれくらいになりますか?」と顧客数を確認しました。「3千人、いや4千人でしょうか」と、大城さんが何気なく答えたので顧客名簿数に私の方がびっくりしました。
「へぇ~、4千人とは凄いですね、財産じゃないですか。宝物ですよ」と、私が言うと「違います。県内顧客が4千人で、県外の顧客数も4千人います。」大城さんが8千人の顧客がいることを何気なく答えたので私はさらに驚きました。8千人の顧客がいる店舗は、なかなかありません。8千人の顧客名簿は、単なるデータとして埋もれていたのです。8千人の顧客名簿という財産を有効に活用すれば、おのずと売上が伸びることを大城さんへ説明すると逆に驚いていました。
「ダイレクトメールをお客さんへ送付したことはありますか?」と質問すると、「セールくらいにハガキを送る程度です」と大城さん。
マーケティングには1対5の法則があり、新規顧客に販売するコストは、既存顧客に販売するコストの5倍かかると言われています。琉染はすでに8千人の顧客名簿があるので、一度買ったお客さんをケアする方が、わざわざ新規顧客を獲得するよりコストは5分の1で済むわけです。
単にコストだけでなく、これまで顧客名簿8千人以上のお客さんに支えられて成り立っていたわけですから、大事にすることが当然だと考えたのです。長い目で見て絆を深めることは琉染にとっても大きいはずです。
思いついた時に顧客へ電話するなど行き当たりばったりで、顧客へのアフターケアを戦略立ててやったことはないことに驚きました。ただ8千人の顧客名簿という大事な財産があるので売上を安定させることが出来ると確信しました。
「首里城などからの誘客を図るにはコストもかかり不確実性が高い。新規に誘客を図るよりも、これまで首里琉染にわざわざ足を運び商品を購入した経験のある顧客にアプローチした方が確実ですよ」と私が提案すると、「どうしたらいいのですか」と大城さん。
「まず眠っている顧客データを整理しましょう。琉染には先代の山岡古都氏の素晴らしいストーリーがあります。山岡氏がどういう思いで沖縄に来て何を残したか、そのような琉染の歴史を掘り起こすのです。読みごたえのあるパンフレットを作成し、年に数回ダイレクトメールを発送しましょう」とアドバイスしました。
年に数回ダイレクトメールを送るには、パンフレット制作費、郵送料が数十万円かかります。小規模事業者の琉染にとっては大きなリスクです。私は、顧客への情報量を増やすことで琉染に対して顧客の理解が深くなり、結果的に集客が増え売上が増える「量の法則」を様々な事例で説明して大城さんにも理解してもらい、ダイレクトメールを作り8千名の顧客に送るという決断をしてもらいました。
しかし、琉染の歴史を掘り起こすといってもどうすればいいのか、大城さんも具体的方法がわかりません。
「その作り方をどうするのですか?」
「わかりました、沖縄の歴史とかに詳しい編集者がいますので紹介します」
後日、ダイレクトメールを作成するプロの編集者を紹介し、パンフレットの方向性を打ち合わせしました。打ち合わせから数か月後に出来たのが、「首里琉染」というパンフレットです。早速、8千人の顧客に送付。顧客からの反応は好評で「琉染には、そういう歴史があったのですね」という声もあり、大城さんも喜んでいました。一度だけ来店したお客さんや得意客にも改めて創業者・山岡古都氏の思い、琉染のバックグランド、成り立ちを認識させることができました。
2007年、08年に顧客にダイレクトメールとパンフレットを送付し、2009年にはそれらをまとめた小冊子を有料(100円+税)で出版したのです。小冊子は無料にしてもよかったのですが、有料にすることで小冊子に付加価値を付け、県内書店(ジュンク堂)に置けるようにしたのです。
2008年9月のリーマンショックで沖縄観光入域客も減少しました。県内観光関連施設も売上を落とし、中には20~30%以上落ちた観光施設もありました。観光客中心の琉染も当然売上を落としているはずなのですが、売上は微増横ばいです。同業他社が落ち込む中で売上が横ばいは実質的に売上増です。
なぜか? 地元客が増えたからです。2007年からパンフレットを顧客へ送ることにより、徐々に地元客が増えたのです。2007年時点では観光客9割、地元1割であったのが、2年後には観光客5割、地元5割に顧客構成比が変化したのです。
「パンフレットを送るだけで地元客が増えるの?」と不思議に思うかもしれませんが、「量の法則」を理解していれば至極当然な結果なのです。琉染のパンフレットは、まさに「量の法則」に則った情報ツールだったのです。8千人の顧客にダイレクトメールすることで、琉染を改めて再認識した顧客も多くいたと思います。パンフレット、小冊子の効果が地元客増につながったのです。