三井高利(みついたかとし)
三井財閥の家祖
今から約340前の江戸時代に、世界初の天才マーケター三井高利(1622~1694)が登場しマーケティング革命を起こしました。
高利は、三井財閥の家祖で、1673年(延宝元年)越後屋(のちの三越)江戸店を開店しました。天才マーケッターは様々なマーケティングアイデアを打ち出し、現代で言う(資生堂花椿)メガブランド戦略を当時実施をしてブランド構築しました。
現代で行っているマーケティング戦略、戦術を江戸時代に行っています。
・世界初・広告効果測定と広告戦略
・日本初の販売促進グッズ
・諸国商人売り
・店前売り
(現金販売、安価、品揃え、資金繰り)
・反物の切売り
・分業制
・仕立販売
・在庫一掃セール
・日本初のバイヤー
・日本初マーチャンダイザ―
・メーカーと直取引
・呉服店、綿専門店に分けブランド戦略
・賑わいで店舗演出
「商は的のごとし。手前能調る時は、あたらずといふことなし。商に是を限りといふことなし。能働ば繁昌す。工面悪しければ商減少す。」(宗竺遺書)
三井高利の言葉はあまり書き残されていませんんが、宋笠遺書にの「商いは的のごとし。手前能調る時は、あたらずといふことなし。」とあるように、100%成功させる自信があることが伺えます。
高利は自信家ではなく、謙虚な人です。それだけビジネス感は切れていたのです。
「P・ドラッカーはマーケティングの元祖は越後屋といっている。」
八巻俊雄著『広告』(法政大学出版局)に短いのですが、興味深い一文が書かれていました。マネジメント、マーケティングでは先駆者として日本人にも馴染みの深いP・F・ドラッカーが、江戸時代に創業した越後屋をマーケティング元祖であると認めていました。
ドラッカーの著書『マネジメントⅠ』(1973年初版無修正版・有賀裕子訳・日経BP社)にマーケティングの元祖は越後屋であるとドラッカーは認めていました。
「マーケティングは1650年ごろの日本において、三井家の創業者によって考案された。その人物が江戸に上って開いた店は、百貨店のさきがけと呼べそうである。彼はシアーズ・ローバックの基本方針を、すでに250年も前に先取りしていた。顧客のための仕入れ役を担う。顧客にふさわしい商品を企画し、生産者を育成する。顧客から求められれば、無条件で返品を受けつける。単一の技術、製品カテゴリー、業務プロセスに注力するのではなく、幅広い品揃えを行う……。氏もまた、当時の日本では社会が変化した影響により、かつてない潜在顧客層、すなわち、新たな上・中産階級が生まれたことを見て取っていた。これらの気付きをもとに、三井家の創業者およびその後継者たちは商売を広げ、日本最大の小売業、三越百貨店グループを築いたばかりか、メーカー、商社、金融など各社からなる日本有数の財閥(三井財閥)へと躍進させたのである。」
越後屋は三井高利が1673年(延宝元年)創業し、有名な「現金掛値なし」世界で初めて定価店頭販売をしています。時代考証があいまいなので、ドラッカーは誰からか越後屋のことを聞いて書いたのでしょう。
八巻氏は同書で、三井高利の越後屋が1683年(天和3年)に世界で初めて、広告効果測定をしたと紹介しています。八巻氏は1984年東京で開催されたIAA(国際広告協会)の大会で「広告効果測定の可能性と限界」というセッションで発表しており、海外の広告関係者からも驚きと称賛があったと書かれていました。
欧米では、広告効果測定が行われるのは20世紀に入ってからですから、高利から見れば、マーケティング後進国だった欧米から有り難くマーケティング理論を傾聴すること自体、奇異に思うことでしょう。
世界初のデパートはフランス・パリの「ボン・マルシェ」と言われ、創業は1852年です。近代都市が形成され、消費の欲求は高まり様々なビジネスが勃興し、都市型ライフスタイルが形作られるようになりました。そういう背景から様々な商品を取り揃え販売する百貨店が登場したのです。
ボン・マルシェの売りは、定価販売と返品自由。定価販売は、高利が1673年(延宝元年)にはすでに実施しており、ボン・マルシェの約180年前ということになります。マーケティングでは日本は欧米より格段に進んだ先進国だったのです。
なぜ、世界に先駆けてマーケティングが出来たのか?
三井高利を探究していくと「琴線を読み解く」ことに行きつきます。
現代マーケティングの権威、フィリップ・コトラ―も「消費者ニーズ」と「マーケティングミックス(製品、価格、流通、プロモーション)」と結びつけることの重要性を説いています。
消費者ニーズ、心理をどのように読み解いていくのか。そこが知りたいのですが、その答えはフィリップ・コトラーにはありません。
しかし、三井高利は琴線を読みとくことの術を手に入れていたのです。
ハウツーは、わかりやすい手段ですが限定的です。あらゆることに対応できるものではありません。
「琴線」が読み解ければ、どのようなことにも対応できます。
オールマイティになれるのです。
日本流とは「真理と心理(琴線)の探究と実践」です。
日本流マーケティングは「琴線を読む」ことにあります。日本流マーケターは「目利き」です。「目利き」になるには、「内観」することが大切です。「内観」することで共感力、直観力、洞察力、感性力などの非言語(超言語)的能力が醸成するのです。